あーあと

秋の雨。秋の曇り空。数日間雨が続いており、お天道様を拝んでおりません。この時期のこの天候は、ロス時代にビザの更新で一時帰国した日本を思い出します。ロスはなにせ雨がほとんど降りませんから、日本を感じる要素のひとつに晴れ雨曇りが入れ替わるという点が当時の僕には印象的だった訳です。

一昨日かな?部屋を3度目の正直で模様替えしました。なんと今回はYouTuberエディション!!(笑) 仕事がなくなった弟が僕のWeb制作業務のアシスタントにマジでなりたいということで、おれが研修動画を作ったろうと。あとはその流れで他の動画撮影もまた始められたらなというところでございます。

あともう一つなんか書きたいことあったんだよな、なんだっけ。出てこんわ。

あーあとやっぱりノートパソコンが欲しいと思う今日このごろ。電車で長々と進む時にやっぱり文字書いたりコード打ったりしたいんだよね〜。

あーあと今日半沢2の3話見終わった!もう明後日には巷では最終回ってのに。でも1のように、終わって1年後に見始めるとかじゃないから許して。

あーあと明日は今シーズン初のドラムSHOW DAY!コロナのあれで練習もあまり出来ずでみんな不完全燃焼かと思うんだけど、一応明日ぶちかましてきます。ライブストリーミング配信されます。

あーあと明日旧友と会うことに。多分というか小学校ぶり。いやいやいやいや。どんだけやねん。いや普通っつーか、何が普通っていうかわからんけど、この時点で会ってなかったらフツー会いませんわw 逆に今!?的な。まぁでもこれも運びです。そっちも密かに楽しみなのよね。

ルーティン

この些細なジャーナリングでさえも毎日続けるのが難しく、気づけば書かずに数日経ってしまうしで、改めて継続することはいかに難しいことかと思います。

一昨日は北海道旅行から帰ってきたジェイボーイが泊まりに来まして、晩飯にしゃぶしゃぶを囲い、夜中の2時までスマブラDXをプレイし続けるという平日の休日。うん、たまには何をしているかも書いても良い。2020年9月末現在の1日のルーティンは、起床(6時台)、ルーちゃんとレッサーくんにご飯→ルーちゃん散歩、戻ってデカフェコーヒーを淹れーの、着席、すぐさま執筆&サイト修正スタート→小一時間やって執筆フローなのか集中力が切れ次第クライアントワークに移り→10時までにクライアントワーク終了→コーンフレークを食べる→執筆再開→洗濯物干し→家の整理整頓→午後はテキトーにまた執筆→アイディア整理→筋トレ→飯!散歩!的な流れでやってます。

不思議なものでこのルーティンは常に変化していて、同じルーティンが3週間以上続いた試しがありません。多分感覚的な部分では変わらぬものがあるんでしょうけど、そりゃ人生毎日違ったことやるんだからルーティンが変わるのは当たり前か。

ってとこまで昨夜書いたのですが、途中急に眠くなり離脱w また今日の分は後で綴るとします。

Breakthrough始動

今宵、21st night of Septemberでございます。Earth Wind and Fireです。Septemberと言えば初秋。ここ数日で長袖長ズボンデビューしまして、久々のひんやりモードです。

明日は粗大ゴミをなんと3つ出すということで断捨離も進んで明日からまた家の波長が変わること間違いなさそうです。

それよりも何よりも徐々に執筆活動が形になってきているのですが、やっぱり全部の記事をひとつのサイトにまとめようと今日結論付きました。テクノロジー、英語、自己探求、Web制作・マーケティングの4つのカテゴリーを別サイトに分けようと思っていたんです。それで今自己探求のサイトをBreakthrough(ブレイクスルー)と名付け、週1のペースで投稿を続けられているものの、実はそれ以外のカテゴリーの執筆も、大鹿から帰還以来、僕のEvernoteにガッチガチで書きまくっているのです。しかし本日とある問題点に気づきました。ひとつのサイトに記事をまとめていかないと、記事がサイトごとに分散されてしまい、アクセスも分散されるし、サイトオーソリティも分散されるしで、メリット無しだなと!

でです。このShoki.jpにまとめようと思っていたんですが、別にこのShoki.jpは誰かに読んでもらいたい訳でもなく、公開されているものの、半分僕のプライベートジャーナルになっているし、僕を思い切り出していきたいという訳でもないので、まとめサイトにShoki.jpを使う択は無くなりました。

では僕の会社のサイトか?いや、別に会社を広めたい訳でもない。Web制作の仕事を増やしたいという気持ちもない。vastill.co.jpでも無いなと。したらもうBreakthroughに全部まとめてやろうと!確約しました。

Breakthroughを運営する会社にバスティルがあると。納得です。

Breakthrough(ブレイクスルー)とは、打開、躍進などの意味を持つ言葉です。記事やコンテンツを通じて、読者にブレイクスルーしてもらいたい。そして運営執筆を行う僕もこのサイトを通じてブレイクスルーしたい。そんな思いを胸に命名したプロジェクトです。

ということでですね!Breakthroughの構想はなんと2012年くらいからあったのですが、ようやく始動ということで、これからもどうぞブレイクスルーをよろしくお願い申し上げますm(_ _)m

https://www.shoki.jp

CA99を弾き倒す!

さて今日は何について書こうかしら。何も書くことが無い時は、何も書くことがありません!と書くことで書くことで思い浮かぶという魔法がありますので、まずは何も書くことが無いと書いてみましょう。う〜ん、何も思い浮かばないですね!

今日はどんな事を感じながら生きていたのかを振り返ってみると、あーそうだ!ピアノを買ったんですよ。7月に!電子ピアノね。今まではハードオフで買った3万のRolandの2006?年モデル?を使っていたのですが、やっぱりタッチがクソだし、音はまぁ悪くはないけどそこまで良くはないしで、ずっと新しいピアノが欲しいなぁって思ってたんです。この5年間くらい。そして7月になんと念願の!KAWAIの!電子ピアノの最上級モデル!しかも2月に出たばっかりの最新の!CA99を手に入れたのでございます!これはビッグニュースです。

タッチは最高だし音は最高だしスピーカーはやばいしで、マジでときめきメモリアル。ピアノ練習のモチベーションが頂点に達しているのです。7月に買ってから数週間で大鹿行きとなりましたから、8月はほぼ弾けず、この9月に帰還してからガチでピアノの熟達プロジェクトを開始しようと心に決めていました。

高校の時に独学でピアノを始めたわけですが、ずっと曲しか練習していなく、ハノンやピシュナ、チェルニーなどはノータッチで、基礎ゼロで曲だけを弾けるようになって満足するという形でピアノを弾いてきたわけですが、いつかはしっかりとした訓練をしてみたいと思っていました。そしてその時が2020年の9月、ついにやってきたわけです!

先週までは大鹿から戻ったばかりということもあり、自己の周波数を関東に馴染ませるというか戻すという期間だったのですが、1週間位前からガチでピアノの練習に取り組んでいます。まずはハノンを弾き倒そうというプランで、テンポ60の16分でハノンの練習をこの1週間、日曜日のドラムラインの練習の日以外、毎日1時間ほど取り組んでいます。

するとどうでしょう。指さばきの感覚が明らかにパワーアップ、特に薬指と小指のパワーアップを人生で初めて実感しているのであります!ぶっちゃけ、薬指と小指ってこんなにちゃんと動くんだ!ってほどに、サクサク動き始めている。まだハノンと言っても8番までしかやっていないのですが、これまでに効果があるものかと、我ながら驚いています。

無論、腕から手首、そして指にかけての力のかけ具合、指へ伝達される力の重心を動かす意識など、まるで打楽器の要領で言うフォームや脱力、トランペットで言うアンブシュアを作り上げる感覚など、自分の持つ全ての知識と経験を練習に取り入れ、それらも上達スピードを上げる要因となっていることは紛うことなき事実でしょう。

書くことあんじゃんね!

命とアライン

書くことの歓びを感じている今日このごろであります。僕の母方の祖母は詩を書くのが好きだったそうで、それを継ぎ母親も文才高く、その遺伝子を継いでいる僕も文章を書くことが好きなようです。一時期はこのブログを毎日書いていましたが、特に何も意識することなく続けていて、夏の大鹿滞在から戻った今、またこの日々のジャーナリングの効果を感じ始め、前もどこかで綴った記憶がありますが、歯を磨くような感覚で、日々の感覚のリセットに非常に良いことなのだと再認識しています。

今日感じた事は、1日のルーティンが人生を創り上げていくということ。聞こえは単純ですが、日々生きる中で、一瞬一瞬に自分の感覚に耳を傾け、その時その時に何をすべきかという命の声を聞き、行動に移すということは凄まじい充実に繋がり、さらに事がパーフェクトに流れていくという、正に命とアライン(align = 揃う・整う, alignment = 整列)しているという感覚になるのです。

さて今日も生き尽くしました。しばし故郷に帰りたい(寝たい)と思います。ぐっすり寝れそう。

天からの仕え事

人生不思議なもので、なんだかよくわからないけど頭が冴えない日がたまに訪れるものです。今日はそんな日だったような。いや、こう書いてみると別にそうではない気がしてきた。ワーカホリック発症なだけかもしれない。というか朝庭の草むしりをしていて、蚊に刺されたあたりから1日が面倒になり始めた?(笑) 僕もようわかりませんが、今日は久々に新しいお仕事が決まり、久々にZoomでクライアントミーティング。クライアントと言ってもLAの友人のパパなのですが。いつこうご縁があるかはわかりません。

ただ本件、面白い発見、というか実験?をしてみた案件なのです。もしです。あなたの稼ぎは、働いた分だけ収入があるのではなく、あなたの今のヴァイブレーション相応の、つまり意識状態が許す収入となる、という宇宙の法則があるとしたらどうでしょうか。もちろん働いた分だけ収益になるというのは間違っていないと思いますが、自身の定義する価値は普遍であり、それらに基づき収入が決まるのではないか、と思ったのです。この宇宙の法則が本当に適用されるのか否か、自分で試して実証してみたかったのです。

具体的な数値の公表は控えるものの、僕の会社はここ半年間ほど、毎月ほぼ同じ額の売上を達成していました。僕の会社は営業会社ではないため、仕事を得る手法は様々というか、来たものを拒まず対応するのみ、つまり天から任された仕事のみで回しているのです。紹介、知り合い、またはSEO対策の一切なされていない僕の会社をWebでたまたま知った人の3パターンしかないのです。仕事発注サイトでの受注提案などは一切していません。

そんな中僕の会社は珍しくも(2,3年に一度訪れるのですが)、来月から先の仕事が一切決まっていませんでした。この忙しい時期と、暇、と言ったら失礼ですが、ちょっとスローペースな時期の差が激しく、忙しい時期は半年先まで受注ストップ!のような時もあれば、今みたいに、ヤベェ仕事ねぇ!みたいな時期もあるわけです。

しかし今回の場合、実験的に「ヤベェ仕事ねぇ!」と思わないでみようと思ったのです。そう思って焦ったところで何も変わらないし、仕事が舞い込んでくる訳でもない。敢えて落ち着いて今進行中の仕事を淡々と進めたり、ブレイクスルーの記事を書いたり、家の断捨離、庭の手入れでもかましたろうとか、普段というか今までの精神的な癖を意識的に捨て(無駄な抵抗の断捨離か!)、お金だけでなく、仕事、人生の流れは天に任せよう。自分でどうにかできるものではない。そうスイッチを切り替えていました。

売上の数値の話に話を戻します。そう、だから我がバスティル株式会社は、ボク個人がこれだけの収益を上げたいと思い、努力した上で毎月の数字を達成している訳ではないので、これは僕がどうにかできるものではないという事は、火を見るよりも明らかでありました。そんな中新しいお仕事のお話が舞い込んで来ました。なんでこの人からこのタイミングで?理解不能!というような感じはいつも同じで、常々天からの仕え事をいただいているのです。そして10月の確定売上があまりにも少なかったので、最近の平均からその確定金額を差し引き、マジでテキトーに「この金額がお見積りになります!」と提示したら、すんなり通った。というお話でした。無論、そのレベルのお仕事でありましたがね… フフフ

面白いですね〜。人生。

生き方のお話

2020年9月14日。昨日は死んだ親父の誕生日でした。僕は今31歳ですが、最近のぼくはと言いますと、完全OFFに近い状態の感覚で日々を過ごしています。近い状態と敢えて言うのは、何もしたくないバケーションモードの完全OFFのそれとは類の違う完全OFFなのです。私たちの身近なツールに喩えてみると、スマートフォンの中には沢山のアプリがあるかと思うのですが、このアプリがすべて起動していなく、ただスマートフォンが起動している状態のような感じです。電源は入ってます。フルチャージです。自分が最高の精密機器であることは自覚しています。でも肝心のアプリが起動していないのです。アプリなくしてスマートフォンの利便性や可能性は語れないですよね。でも今はアプリを起動する気分にもならない。どんなアプリでも起動できると知っています。敢えてアプリを起動していないと言ったらいいでしょうか。逆にスマートフォン周りの片付け(断捨離)や、オレは一体どんなアプリを起動したいんだ?なんて考えながら、このスマートフォン(自分自身)の使い方ないし活用方法を考えている感じです。

失礼、アプリという言葉を使うと少し語弊があるので説明し直します。言い換えると、オレとは一体全体なんなんだ?!というテーマに、自分の行動を外に向けるのではなく、自己の内面に意識を向け、そもそもお前はこの人生で一体全体何がしたいんねん?(どんなアプリを起動したいんねん?)って自問しているわけです。

答えは簡単に出てくるものではありません。簡単に出てきてもらっても困りますし、でもそろそろ答えに辿り着きそうな兆しも感じもしています。

ではこの自己探求の道のりを進む中で、何をすべきかというと、これは夏の大鹿の滞在時にインスピレーションをもらっていました。無意識を無くす、すべてを説明できるようにする、自分の世界を作る、の3つでした。これら3つのインスピレーションは、大鹿の山奥に住むイギリス人のティムを通じてもらったものです。彼は僕の1つ下で1990年生。5年ほど前にイギリスから大鹿に移住して来た面白いやつで、彼とは去年の春に繋がりました。その彼の生き様なのか方針なのかはわからないのですが、マジで自分の世界を創り上げているのです。無論僕のファミリーの大鹿チームも世界を創り上げていますが、ティムの場合は彼のイメージする世界が鮮明すぎて、それをタバコを交えながら熱心に語ってくれるのですが、我々都会人のもつ人生、いや幸せの定義から正反対の理想を掲げて生きているのです。無論、大鹿村という標高1,200mの山奥に住むレベルであれば、そのような理想、そして生きることへ対する熱意を持って生きているであろうことは僕もある程度は予測してはいたものの、今回始めてティムと多くを語ることが出来て初めて、彼のその熱意の熱さ、生きること、そして共同創造への覚悟、そして死へ向かうまでのジャーニーを考える様を知ることできました。すべてがショッキングな内容だったのです。

これを機に、私平山翔樹は岐路に立つこととなったのです。これは仕事やお金云々の話ではなく、お前の創りたい世界はなんなんだ?!という大きな張り紙のある岐路です。ティムの生き様からしたら、オレの生き様はなんて生ぬるいんだ。そう感じました。

お前の求めていたものはそれだけか?いや、お前は何を求めているかさえも分かっていないな?お前は何がしたいんだ?

そんな声が聞こえたのです。そのためには少しでもティムを見習い、お寺の修行と言わんばかりに、まずは形から入ったろう。そう思いました。僕がWeb制作会社を営み、どれだけの技術と経験と感性を兼ね備え、どんな大きな会社と取引できようと関係ないのです。そんな浅はかな、他人が定義できるようなレベルの話ではないのです。生き方のお話なのです。

翔樹よ、お前はどう生きどんな世界を創りたいんだ?

背中を押される

Twitterを一時期熱心に更新していた時期があったのですが、最近は、自分が発信すべき内容を見直すという名目で、一旦は頻繁なツイートは控えています。ただこのツイッターというプラットフォームを通じて、自分はどのように人類に貢献できるのであろうか、ということをまだまだ考えている最中です。

そんな中、たま〜にTwitterは開くのですが、本日久々に開いてみると僕のこのブログで昔投稿した記事をどなたかが見つけ、なんとその記事を引用ツイートしてくれていたのです。まぁこれはツイッターの歴史上初の出来事だと思われます。Shoki.jpの記事が紹介された!というね。https://www.shoki.jp/balance-and-permanance/

もちろん自分の書いた記事を引用までしてくれて、インスピレーションを受けたというツイートは嬉しかったのですが、やはり私の方向性はこの方面にあるのではないかと。テックとか英語とかもやりたいんだけど、やっぱりインスピレーション(ライフ・レッスン)系のメッセージ発信に趣きを感じるわけです。

自分の書いたコンテンツが誰かの人生に少しでも良い変化を与えた。その歓びの一角を味わったような、そんな朝でした。そしてその人のフィードバックに背中を押され、さらに僕はその方向性に確信を持つのでありました。

自分が納得行くまで

今は2020年の7月2日。木曜日。長かった一つのWebプロジェクトが、今週末で完了、納品となります。その翌週には別プロジェクトの納品があり、並行しているプロジェクトも数件、新しい仕事の話も数件。貯金は今までの人生で一番ある。でも全然楽しくない。

人生に文句がない。それがつまらなさすぎる。と書いて気づいたが、この甘ったるいというかなんというか、新しいことにチャレンジせず、今までに積み上げてきた技術と信頼に胡座をかき(もちろんクライアントワークは全力を尽くしていますが)、わかりました、事が問題なく進むことはデフォルトになったようなのですが、新しい挑戦に怖がる自分に嫌気が指してきているのです。だから人生に文句はない。自分には文句があるわけです。

ゲーム・オブ・スローンズのシーズン2、7話を見終わったばかりなのですが、どうも僕のエゴを見ている気分になるのです。名声を博したい。自分の王国を制したい。そんな欲望なのか、自分への怒りなのかが、浮上してきます。馬の骨と同義である今の自分を認められないようなのです。

ということは何なのかというと、何を僕が企もうと、それは企みであり、その行動そのものではなく、その行動の先にあるものを求めていることが伺える訳です。我ながらお恥ずかしい事実であります。

ただ、少しずつですが出口は見えてきたような気がしているのです。暗い洞窟の中で迷走している訳ですから、気分が良くないのは当たり前かもしれません。しかしこの暗い洞窟に出口があるのかさえ、わからないと言えばわかりません。

今日の記事の目的は、自分の内面を文章化することにあります。そうすることで自己との切り離しを試みる。そんなところです。

もう少し汚れを絞り出してみます。そもそも自分の納得を外的要因に委ねているのがおかしいのではないか。例えば、自分の今の望みを書き出してみると、もっと自分を知ってもらいたいのです。世界にです。そしてこんな変な人間、そして変な物語を持った人間も元気に生きているのだ、と世界に伝えたいのです。そして色々な境遇を越えてその境地にたどり着いた人々に、どんなストーリーを歩み、どんなライフレッスンがあったのかを聞いて回りたいのです。

そしてその一つの数え切れないストーリーが、数え切れない人々にインスピレーションを与え、この美しい地球を皆で共有できるような世界に変えたいのです。

そのためにはまずはある程度のフォロワーが必要なのです。そのために何をすべきなのか、マジで考えているのですが、まずは自分が見本にならなければならないのです。自分が最初のモニターであり客であり、フォロワーであったら、オレは翔樹の何が見たいのか。これに納得が行くまで、模索し続けていきます。

もっと書けるけどダルいんで落ちます。

井上功大

ここ最近の僕の人生で一番の不思議が彼とのコラボレーションです。彼は今はプロフェッショナルカメラマンとして活動しており、僕の手掛けるサイトの写真や、僕のプロフィール写真を依頼したりなど、今では必要不可欠となった僕の人生における唯一のカメラマンです(中目黒の萱野さん覚えていますか)。

彼は僕がロサンゼルスに住んでいた頃の高校の同級生で、同じ日本生まれの日本人として、外国の地で共に闘った盟友(聞こえは偉そう)であります笑

彼は生後間もなく親の仕事の関係でアメリカに移住したらしく、僕よりも断然アメリカ歴が長いのですが(僕は7年彼は23年)、どうしても日本語で僕と会話したいらしく、高校時代も今も、ほぼほぼ彼の英会話を聞いたことがありません。

まあそんなことはどうでも良いのですが、功大と将来一緒に仕事をすることとなるとは、お互いこれっぽっちも想定していなかったことでしょう。

彼のような変人と、この最強になりつつある翔樹のこれからの人生でコラボしていける事実は、改めて凄い幸運なことだなとただただ思うわけです。

彼と居て感じたことは「目に見えなく、かつ複雑で重要な、価値と意味を創造し、世の中に我々の爪痕を残していきたいという願望なのか価値観なのか、そのセロハンほど薄くかつ重く、計り知れない熱を帯びた思い」が我々の共通点であり、それ以外は全くもって真逆の人間であるということ。

思考回路も異なっているし、窓(視界)から見える景色の着眼点も全く別。ただ、上記の思いが共有しているため、ところどころで意味不明な共通点が存在しているという、当事者である自分も異色にしか感じられない二人なのである。

彼に撮ってもらった2019年翔樹の写真集はこちら

んでヤツのサイトは沖縄のカメラマン