新しい石油ストーブがオフィスにやってきました。コロナ製のあのよく見るストーブです。上にヤカンを乗っけられるやつ。昨今まで使っていたストーブは6畳用で、8畳?くらいの今のオフィスでは火力が足りなくて困っていたんです。基本僕はストーブをつけるのであれば、もう部屋が暑くなりすぎるぐらいになって、常に換気したくなるくらいにしたいのですが、以前のストーブは窓と部屋のドアを全部閉じないと効力を発揮してくれませんでした。しかしストーブは電気でもなくオイルでもなく、やっぱり石油ストーブに限りますよ本当に。石油ストーブでも送風タイプのやつがありますが、あれはダメ。芯が燃えるタイプのやつじゃないとダメですね。しかも今日ガソスタまで灯油を買いに行きましたが、灯油がリッター45円ですよ!?45円!ポリ缶18Lで800円です。わお。一昨年の相場の半額レベルです。これはありがたいの一言です。一昨年なんかは、「うわ〜こんなに灯油買うなんて勿体無い!」って思ってましたけど、今年に限っては心地良く使えています。感謝です。
それにしても原油価格の変動がどのように世に影響を及ぼしていくのかなどは全く分からないので、浮かれてる場合ではない何かが待っている可能性もあります。特に天下のトヨタの新型プリウスはリッター40kmを実現したらしく、発売早々かなりの受注数になっているそうで、原油市場という全く日本のコントロール下に置けないサブジェクトにおける国民の行動にも着目しなければと思わされます。このご時世、何が起こるかなんて誰にもわかりませんからね。過去に学び、事前に準備できることは準備する、という姿勢は必須かなぁ、というところです。
しかしながらです!昨日の積雪における国土交通省の判断(積雪注意報による運行列車数の間引き)が、本当に良い決断だったのかと聞かれればそうでもありません。2年前の関東大雪からの事例に学び、極力交通機関の乱れを無くすべく、運行列車数の間引きを行いましたが、結果論から言えばその決断は完全に失敗でした。もちろん関東では積雪が観測されましたが、電車が走れないような場所は皆無。結局通勤通学が出来ない人が大量に出て、意味のない間引き実行となってしまったのです。
つまりです。過去に学ぶ事は大事。しかし全て過去と同じようになるわけではないのだから、過去に囚われず、過去の失敗を極力避けるよう努め、臨機応変に現況に対応すべきなのです。これは昨日の事に限りません。人生における全ての事柄に適用できる、そして適用すべき真っ当なアプローチです。
カテゴリー: ブログ
歯を磨く感覚で行っている毎日のジャーナリングです。その日に何を考えて生きてたかが主な内容ですが、出来事や気分も綴っています。
Fun learning!
先日の「夢」に関する大本の記事を読んでから、少しずつ「やりたいこと」がわかってきたような気がします。もしかしたら現職がやりたいこと!?なーんてね。それでもやっぱりコーディングだったり、システム関連だったりWeb関連だったり、特にあの暗号のような文字が羅列している画面を眺めるのは好きなことは間違いないです。でも僕の中のエゴちゃんは、「音楽はどうした!?」「お前は夢を捨てるのか!」などと言ってきます。う〜んそうですね~。と言われると〜、まぁその時が来たらやるわ、って感じ?別に毎日音楽に触れてますし、問題無いですよ。←言い訳?喩え言い訳だとしても事実です。音楽で食ってくのはかな〜り大変だと思いますし、そう簡単になれるものでもない。全て自己肯定で締めくくろうとしておりますが、それでいいんじゃないですかね〜。えぇ〜。←掛布風
最近の技術力アップに関して記録しておくことにしましょう。某クラウドソーシング会社から依頼された「HTML/CSSコーディングトライアル」(要は制作側(僕)への腕試し。良いコードを書ける業者にイイ仕事を振ろうと思ってるから、無償だけどあんたの実力見してよ。もし実力があるって判断したら、イイ仕事振るからさ)ってやつに応募してみたのですが(先方から参加の依頼があったため。ちなみに応募を要請した人も厳選された業者たちのよう。)、まんまと合格。別に傲慢になるわけじゃないけど、僕のコードがダメだったら誰のコードが良いのよ!ってくらいのコードを書いているつもりでして、まぁ通って当たり前かってところ。何人からの応募があったのかは知りませんが、僕はTOP10に入っていたそうです。はい。自慢にも何にもならんこのコーディングトライアルですから次。
えぇっと前にも書いたかもしれませんが、やっとのすっとこでオブジェクト指向(PHP)の考え方とシンタックスが分かってきました。さすが天下のLaracasts。ジェフは最高のティーチャーです。そして並行してJavaScriptの方も毎日練習しておりまして、シンタックスの方はもう完璧。あとはJSの方のオブジェクト指向のシンタックスと、DOM操作の勉強でしょうか。てかマジで最近面白くなってきてるんですよね〜。プログラミングの方がかなり。英語は現地で強制的に細胞に叩きこまれたため、英語を「勉強する」というプロセスはなかったのですが、今回本気で色々なプログラミング言語を学び始めて、最初はやっぱり何にも分からないからつまらないんだけど、ちょっと分かってくるとドミノ倒しのように色んな事が理解できるようになる。これがまたさらなる好奇心に繋がって、さらなる技術力アップへの循環を生み出すのです。良いっすよね〜。しかし英語が分かってよかった本当に。英語の文献に勝るものなし!
YOLO
今日公園で鳥さんを見てふと思いました。空を飛べるって凄いなぁと。空中で羽を動かし勢いをつけて、止めて惰性でクルーズする。それでまた動かす。どこへ行くのかは誰にもわかりませんが、鳥の死骸はこの田舎でさえもあまり見かけないので、本当にどこで一生を終えているのか、不思議なところです。エックハルトによると鳥は元々地を這う爬虫類で、地球の進化と共に異次元へとシフトし、重力という縛りを無くすまでに達してしまった生物だそうです。このお話は名著A New Earthの冒頭に出てくるのですが、ダイヤモンドなどの宝石などが形成されるプロセスもまた興味深いもので、ダイヤモンドは元々ただの岩石らしいのです。それでその岩石が、想像を絶する高温と高圧に晒されて透明に変化し、さらにどの物質より強硬になってしまった。それらがダイヤモンド他などの宝石なんだそうです。だからこそ希少価値が高く、人間が惹かれるのでしょうね。Very interesting!
さて今日で今年の営業2週目が終わりですが、やはり仕事をするのが一番気持ちが良いです!これはマジ。仕事をしないほうがよっぽど疲れます。でもワーカホリックにだけはならないように気をつけないといけないです。というか既にワーカホリック?あの今年こそは手帳を書こうと思いましてとある手帳を買ったのですが、ページ毎に小さなコラムがあって、仕事へのヒントになるようなことが綴られておりまして、その中に「仕事は麻薬である。やればやるほどうまくいく。だが仕事は達成感や満足感は与えてくれるが、幸福は与えてくれない。」と書かれているページがありました。まぁ確かにそうですね、と思う反面、いやいや、んなもん知らねーよ。やってやってやりまくってなんぼだろ。って思う自分もいるんです。僕的には、やれるときにやりまくればいい。いずれは出来なくなる時が来るし、世代は変わっていく。そう思います。今の僕のスタイルは、やはり長時間労働でブラックブラックワーキングです。僕の叔父さんは今年で定年退職で、そろそろエブリデイサンデーな日々が始まると嘆いていましたが、僕はエブリデイマンデーです。You Only Live Once!
Sounds of silence
今日は15日の手前ということで、近くのホームセンターで榊を買って、初めて自分で神棚の榊を取り替えました。ちょうど線香もなくなっていたので、青雲のデカイやつを調達。ロウソクもなかったかなと思いロウソクも買ったのですが、ロウソクはまんまとストックが残っていました。新しい家になってから、神棚へのご挨拶が増えたんです。以前の家では目の行かない場所にあったため、もう7年も日本にいるというのに、線香をあげたのは指で数えられるくらいだったのですが、新しい家にはビルトイン型の神棚が一階にあります。そして比較的行きやすい場所なので、毎日2回、線香と数十秒の静寂が新しいルーティンになったのです。母方の両親と親父で3人分。一回で3本の線香です。僕ぐらいしか挨拶する奴がいないもので、親族の代表です。
しかしあれなんて言うんですかね、あの棒で叩いて音を鳴らすやつ。鐘?w 鐘じゃないかw あのお祈りする時にΩ\ζ°)チーンってやるやつです。あれを鳴らす度に思うのですが、あれが発する周波数(音色)って、よーく出来ているなぁと。中性な音と言いましょうか。やる気の出る音でもなければ、落ち込む音でもない。ちょうど中間なんです。ちょうど無になれる周波数というか。あの音を鳴らしている間だけ、この世とあの世が繋がっているんじゃないかなぁとかも思ったりします。
皆さんはお祈りする時、拝む時、どうしていますか?どうしている、とは、目を閉じて合掌している間、頭のなかで何かを唱えたりしていますか?という質問なのですが、いかがでしょう。僕も最近までは、何かを唱えていました。お墓参りに行った時もそうです。「僕の家族の平安をよろしくお願いします」とか「いつもありがとうございます」とか、シチュエーションごとに色々あると思います。でも僕は最近は、何も唱えないバージョンで統一しています。チーンと鳴らして、音が止むまで「無」です。「静寂」です。全てOFFにして、音だけに集中します。そして音が止んだ時、音に集中している意識は「聴く」ことに全ての神経がいっていますから、音がなくなった時、意識は「音のない静寂」を強制的に「聴く」ことになります。これが宇宙の音であり、静寂の「音」、あの世の「音」です。これを聴けたら、お祈り成功です。サクセス!You with me?
Jan 13, 2016
今日は書くことがないようです。投稿ページを開きましたが、10分経った今も何も降りてきません。ということでまた明日。
明日はまだ木曜日。2016年に入ってから、少し時間の流れが遅くなったような気がします。これも錯覚か!?
おやすみんぐ〜
お前の夢は錯覚だ
あなたの夢は何ですか?達成したいもの、目標は何ですか?そもそも夢、目標はありますか?あるのであれば、それらは本当にあなたの「夢」なのか、「目標」なのかを、今一度考え直すべきです。
もしあなたの夢が、エベレストの頂へ達することであるとしましょう。小さいころからの夢で、学生時代、そして大人になった今に至っても、ずっと頭をよぎっているあなたの「夢」、それが「エベレストの頂上へ行くこと」です。素晴らしい景色、この世のものとは思えないほどの絶景があなたを待っているだけでなく、エベレストに登った際には周りの人から尊敬され、有名になり、例えばですが仕事も増え、お金持ちになって、理想の人といつか出会って幸せに暮らせる。あなたは「エベレスト山頂へ行くこと」こそ、自分の人生を切り開いてくれることだと信じています。
でもまだその夢は達成できていません。何十年も経ったのにも関わらず、達成できていない。小さいころからの夢だったのにも関わらず、時間はたっぷりあったのにも関わらず、なぜ行動にさえ移せていなかったのでしょうか。
その理由が、今日の記事のミソです。
理由は、あなたが欲しかったのは「ゴール」で、「経過(プロセス)」は欲しくなかったからです。山頂に達することだけが夢で、登山することは夢ではなかった、登山はやりたいことでなかったのです。もしくは頂上に達することを想像して、想像だけで満足してしまっただけとか、最初から別に夢でもなんでもなかった、夢と錯覚していただけ、という可能性もある。
イイ体になりたいなら、筋トレや食事制限という茨の道。理想の人と付き合いなら、拒絶や感情の嵐という茨の道。独立して自分のビジネスを始めたいなら、不確実性とリスク、数え切れない失敗という茨の道。茨の道を歩く「痛み」を痛みとも感じないくらいの気持ちがないのであれば、あなたの「夢」は偽物です。錯覚です。幻覚です。
あなたの本当の夢は、おそらく「今」既に実現されている可能性が高いです。
あなたが本当にしたいことは、何ですか?
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英語がわかる方であれば、こちらの記事を御覧ください。今日綴ったことについての、オリジナルポストです。
http://markmanson.net/question
分岐点
今日は成人の日。成人の皆様、成人化おめでとうございます!実は僕の弟がちょうど今年で成人で、昨日成人式に参加してきたようでした。兄弟揃って準備は締め切り間近で、先日夜は式に着ていくスーツをタンスから探して当てるのでテンヤワンヤ。結局親父のお下がりで残っていたスーツは全て合わず、当日の朝にスーツを調達する羽目になったようです。優しい叔父さんが出世払いで良いということで、一緒にスーツ屋に行って買ってくれたそうな。恵まれてます。そんなヒロキくんは今年の3月で2年の専門学校生活にピリオドを打ちます。とうとう弟も社会人ですか。みんなオッサンになったものです。気付けばこちらもアラサーということで、他人を気にしている場合ではありません。残る人生をどう広げていくのか。弟の将来や方向性も半父親として気になりはしますが、彼は彼でどうにかなると信じているので、彼よりも僕です。ぶっちゃけ人は自分のことしか考えられないし、自分のこと以外を考えても無駄です。自分はどんな人生を送りたいのか。誰にどう貢献したいのか。何を幸福の物差しにするのか。全てを定義する権限は自分にあるのです。
僕は2016年は「振り出しに戻る年」にしたいと言いました。何をする。これを成し遂げるあれを成し遂げる。そのような抱負は、常に変化するものであり、達成したところで自己満足にしか繋がらないアチーブメントであるため、敢えて自分の魂レベルに働きかけるような抱負を掲げた、ということです。僕が定義する「振り出しに戻る」は、意識状態や生活習慣を、僕がちょうど渡米した頃の年齢、すなわち12歳頃のスペックに戻ることです。僕はティーンエイジから、インターネットとパソコンに触れてきたため、脳がイカれてしまっているんですね。自分では意識がありませんが(ですがたまに気づくのですが)、ADHDらしき症状がごくたまに発症します。集中できない病です。自分を守るとかではなく、おそらくこれらはインターネット依存症という枠に入る症状で、僕以外にも多くの方が苦しんでいる症状だと思います。この病気が(実際に認められた病気なのかどうかは別として)発症する理由は僕も理解しているつもりでおりまして、何が原因かというとインターネットの「無限性」でないのかと思っています。情報過多、つまりコンテンツに終わりがないため、永遠に「何か」を求めてしまう癖がついてしまう。インターネット依存症は「永遠に何かを探してしまう病」なのです。
僕の仕事は特に環境が悪く、インターネットブラウザを常に開かなくてはならない仕事、イコールワンクリックで生産性を崩壊させるコンテンツに遷移でき、さらに一人会社なため、ブラウザ上で何をしてようと注意してくれる人もいない。
人生うまくいってます。仕事もうまくいってます。家族関係も友達関係もうまくいってます。それには凄く感謝しています。おかげ様で世に貢献できる身になりました。しかしそれらを達成する以上に、遥かに難しい使命が僕には残っているのです。それが、今年の抱負である「振り出しに戻る」、言葉を変えるのであれば「自分を愛す」ことです。僕がさらなる飛躍をするには、この抱負の達成がまずは必須となります。これが出来るか出来ないかで、僕がAの道を行くのかBの道を行くのかが決まってしまう、長い人生でもあまり数を見ない、僕平山翔樹の大きな「分岐点」です。
UPSET?
そして今夜は久々にスピリチュアリティを語りましょう。久しぶりにエックハルトのフィードが上がっていたので、その件について語るとします。今日のエックハルトのフィードに載っていたものがこちら↓
Upset = Lost Touch with Who You Are
訳しますと、
がっかりしたり、怒ったりする時 = 本当の自分を見失っている
というものです。
がっかりする、怒るなど、感情が乱れる時の症状は大抵の場合、自分が予想していなかった惨事が起こった時に発症します。「え、なんで?」「は、なんで?」「ふざけんな」「バカ野郎」「おい!」「殺す」などなど、なんでもいいですが、そのような言葉が喉から湧き出て来そうになる時の感覚が、英語で言う「Upset(アプセット)」です。アプセットという感覚は、物事を自分のコントロール下に置けなくなった時、つまり無力になった時に感じるものですが、そもそも物事をコントロール下に置こうとしているのは一体誰・何なのかを考えなくてはなりません。考える以前に、これらはすべてあなたがしようとしていることではなく、エゴ(自我)がしようとしていることなのですが、エゴはある意味常に危険に晒されているのをご存知でしょうか。エゴは「アプセットにしてくれるもの」を永遠と探しています。ですが「アプセットにしてくれるもの」が見つからないとします。「アプセットにしてくれるもの」を餌にして生き延びているエゴちゃんは、「アプセットにしてくれるもの」がなければ生きていけないので、「アプセットにしてくれるもの」が周りに存在しないという状況は、エゴちゃんにとって「脅威」なのです。しかしエゴちゃんはそんなすぐにくたばるような甘い奴ではありません。悪知恵であればIQ250並の知能指数を誇ります。「アプセットにしてくれるもの」をどんな手法を使ってでも探し当てる、いや、創り上げるのです。どんな些細なことでも、「あ、この状況は餌に出来るかもしれない」と、普通の出来事でさえも最悪の事態に変換してしまうのです。たまにいますよね、どう見ても自ら混沌を創りあげている人。器がちっちゃい、って言うじゃないですか。器が大きければ、どんなことでも受け入れられる。実はエゴちゃんは器に入りきらない「食べ物」が大好物なため、自分で自分自身の器を小さくしちゃっているんですね。面白くないですか?エゴちゃんが大きければ大きいほど、器がちっちゃい。ってことですね。ですがこのエゴちゃん、かなり気まぐれです。人を選ぶんですよ。とある人の前だと、「あ、行儀良くしなきゃ!」って言って、急に器からこぼれたものを食べるのをやめ、器を大きくしたりするんです。まぁ長くなるんでこの程度にしておきますが、エックハルトの警鐘は毎度アッパレ。ごもっともです。
結論:
あなた自身は、アプセットになることは出来ない。なぜならば、アプセットはエゴ(自我)が駄々をこねて、床を足でドタバタさせている衝動派であり、あなた自身がなれるものではないから。つまりアプセットになるイコール、本当に自分を見失っている。です。
ちゃんちゃん
Confessions, Pt. II
久々にラジオチャンネルで行きましょう。さぁ2016年も最初の週を終え、皆様徐々に仕事などにエンジンがかかってきたかと思います。僕の方もね、水曜日くらい?一応月曜日から仕事はスタートしたのですが、水曜日くらいまでなかなかエンジンがかかりませんでした。これが休み明けの後遺症でしょうか。それにしても去年と比べてベターな年のスタートを迎えられてホッとしております。今日ご紹介する楽曲は、最近はあまりお目にかからない、あのアッシャー様の曲です。Usherは僕が高校一年くらいですかね、ロスで僕がソフモア(Sophomore = 向こうの高校で言う2年目)くらいに一世を風靡しておりました。アッシャーを聴くと蘇る僕の中で一番の記憶は、マーチングバンドの演奏旅行で訪れたNEW YORKなんですよね。その時のiPodにConfessionsのアルバムが入っていて、飛行機やバスの中で全曲リピートで聞いていたんです。その中でも一番好きな曲が、今日ご紹介する曲、CONFESSIONS PART.2でございます。Yeah!もカッコイイんだけど、こっちのコンフェッションズはね、なーんかストーリー性の高い楽曲で、聴いていた当時の記憶へのリンクが強いんです。聴くとタイムズスクエアが映し出されてね、なーんかいい気分になるんです。好きな子もいたんですけどねー。高校一年くらいの時は、まだまだ「ニホンジン」が抜けていなかったので、そこまでアプローチすることも出来ず、変に意識しただけで終わりました。特に悔いもなく嫌な思い出もなく。確か当時くらいから英語力がグーンと伸びてきたのかな。帰国直前のSHOKIは完全にアメーリカンでしたがw 今は「お世話になっております」とか、「お疲れ様です!」を連発する「ニホンジン」ではなく「日本人」ですw 僕のタレコミニュースはこの辺にして、さぁ行ってみましょう。さむ~いニューヨークに合う曲。さむ~い中でスタバのキャラメルマキアートを飲みながら聴くともっと染みる曲、アッシャーでコンフェッションズパート2。Enjoy!(本曲再生は1分19秒辺りから)
ベッキーは一流です
人生何が起こるかわからないですね。どのニュースを開いてもベッキーだらけです。大丈夫かなと心配になります。僕的には、宇宙はとうとうベッキーを通じて人類の醜さを表面に浮上させたか、という感じですかね。男と女、不倫、金、見栄、契約、世間、法律、罰則、批判、メディア。挙げたらキリがないです。これが人類が自ら選んで進んでいる、地獄への道でございます。Road to hell is paved with good intention. そのまんまです。ベッキーだって人間ですよ?マスコット人形じゃあるまいし、他の人間と同じく、異性に惹かれて当然です。惹かれなかったら逆に人間としてどうなのかと思います。ポラリティです。陰と陽。水と炎。HOT&COLD。男と女。宇宙の法則であります。
ベッキーがどれだけ今まで人類に貢献してきたかを考えれば、今回の報道などは、なーんの問題もないと思います。10年以上スキャンダルなし?CM10社以上?好感度も高い?なーんの問題もないじゃないですか!こういう子にこそ自由をさせろって僕は逆に思います。ベッキーの印象でどれだけの人々に影響を及ぼしたのかを考えてみてくださいよ。僕らの10の10乗以上の人々に影響を与えてきた日本の国宝級ハーフタレントです。本当にみんな優しくない。本当に大切なことにはブラインドで、一時的で表面的なことしか見えてない。つまり幻想しか見えてないんです。うーむ残念。
みんな本当に大切なことをわかっていない。どれだけのものをベッキーが積み上げてきたのか、ほんのちょっとも理解できてない。だから軽率な発言しかできない。例えばですよ、あのイチローが今スキャンダル起こしたらそれはまた大騒ぎになりますよね。理由は簡単です。彼は誰もが認める「一流」だからです。でもですよ。面白い話があります。一流まで達していない二流の某野球選手がいます。一応一軍スタメンで出場して活躍しているような方なのですが、彼は夜の三冠王と呼ばれ、東京遠征の際に、3夜連続で違う女をホテルに連れ込んだという現場をキャッチされ、週刊誌等に大々的に取り上げられました。でも所詮彼は二流。二流が何をしようと、世間は笑い話にしかせず、二流が何をしようと、SO WHAT!?で終わりなんです。
これが一流と二流の違いです。ベッキーは今回の報道で、「世間が「一流」と認めていた」ことを証明したのです。
ベッキー、あなたならまた別の居場所を見つけるでしょう。あなたに合った。
If you’re going through hell, keep going!
GOOD LUCK!