ソーシャルメディア及びニュースの閲覧を絶って、約5日が経ちました(多分)。ニュースを見ないと、当たり前ではありますが、世の中で何が起こっているのかさっぱりわからなくなります。朝の散歩で公園で会うおばちゃん達に、今日も何か時事らしいことの話を振られましたが、さっぱりわかりませんでした。錦織くんがメンフィス3連覇したのも知りませんでした。が、今のところ、SNSとニュースの閲覧を止めて悪影響があるようには思えませんし、逆に良い流れになってきていると思います。変な情報をインプットしないで済むようになりますから、冴えてきて当然と言えば当然です。
今日は疲れました。マジで。記事書く気もないです〜。おやすみなさい!
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歯を磨く感覚で行っている毎日のジャーナリングです。その日に何を考えて生きてたかが主な内容ですが、出来事や気分も綴っています。
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仕事がマジでガチでエンドレス状態です。ふぅ、今世初めてのキャパMAX状態です。20のトリプル3連発です。ヤバイです。納期ズレはないものの、お客様への連絡が遅れてしまったり、滞ってしまうのは、事業主としてしたくはないことです。数日前から、脱INPUT(ソーシャル&ニュース)を行っていますが、リアルにそんなものを見てる暇がない。会社にはファミリーもいないし、これこそ自分との戦いです。ワンピースで例えれば、う〜んそうですね、一応法人になったということで、グランドラインに入ったつもりで、アラバスタ王国のクロコダイルとの決戦というところでしょうか。しかしクロコダイルだけじゃないのがアラバスタ王国です。Mr.1から5くらいまでいますから、平山翔樹の中にある全ての戦力、つまり、プロジェクトマネージャー、デザイナー、コーダー、WPエンジニア、経理、パシリ、給食のおばさん、社長と、バスティル株式会社の一味の全員が、身を削って戦いに挑んでいる状態です。いやぁ~これを書くまでは、憂鬱になりかけていたけど、こう書いてみるとカッコイイじゃないですか!血が騒いできたぞ!本当に本当に僕みたいな馬の骨にご依頼してくださっているお客様全員に、この場を借りて感謝を申し上げます。ありがとうございます。そしてこの僕を支えてくれている、ペット達を含むファミリー全員に、そして僕と関わってくれている人々全員にも、感謝を申し上げたいと思います。いつも本当にありがとうございます!
でもね、先日書いた4つの運の作り方って、実に美しいことだと思うんです。何故かというと、それらを心から実践すれば、喩え何かをミスろうと、天は必ずと言っても良い程、味方になってくれます。自分がその状態であるということは、関わってくれている人々全員にも、見えないところで自分の状態が影響しているということですから(全ては繋がっていますから)、トラブルが起こるわけありません。もしトラブルという形で、天が警鐘を鳴らしてくれたのであれば、その出来事をしっかりと「警鐘である」と受け止め、自分を無にして応対すれば、相乗効果をもたらし、警鐘の先にある「美」を宇宙が見せてくれるのです。これは今回の勝負どころでも、もう既に数回通りました。某Web制作会社の社長さんとのやり取りで、少しばかり礼儀正しくない言い回しを、僕が使ってしまったみたいで、ちょっと怒られてしまったのですが、そのやり取りの最中で(その瞬間というのがポイントです。その瞬間で対応しなければ、次の次元へと自分を持ち上げようとしてくれている宇宙からのチャンスを逃すことになります)、しっかりと「自分への警鐘である」ことを認識し、即座に自分の非を認め、応対(謝罪)しました。結果、もっと良い関係性になったのです。お互い同じ周波数でないと、コミュニケーションは成り立ちませんから、このようなやり取りは非常に貴重なものであります。これは仕事以外の人間関係でも、十分に使えるテクニックです。男女・恋愛関係とかでは、特に重要だと思います。何故ケンカやすれ違いが起こるかというと、どちらかがクッションになれないからです。クッションとは、前述の「瞬間的な応対」のことです。クッションではなく、それを打ち返すから、ケンカになり、亀裂が生まれるのです。ここで言う「打ち返し」は、自我、すなわち「エゴ」の仕業です。何が言いたいかって?自分のエゴに気付くことが出来れば、人間の魂が持つ本来の器を、自分の器として生きれるようになるということです。
昔の創造性
最近はピアノ音楽にハマっています。ドラムとシンセとエレキで〜みたいなポップは、もう聴けない。聴けないというか、聴きすぎて飽きたもしくは、音楽と共鳴する僕自身の何かが変わったかのどちらかでしょう。前回の音楽紹介記事では、ドビュッシーの月光を確か挙げたと思うのですが、最近も相変わらず月光を聴いていますし、あとはリストのラ・カンパネラ、ベートーヴェンのムーンライトソナタにハマっています。クラシックの音楽を聴いて思うことは、数百年前の人間は、今よりも遥かにクリエイティブだったということです。ピアノという楽器一つで、凄い世界を表現してしまえるほどの創造力。この創造性を、やはり今の時代でも、僕は発揮したいと思うのです。人間自ら作り上げたテクノロジーと拝金社会に飲み込まれ、人間本来の創造性が無くなろうとしている。これはなんとしてでも気づかねばならないことであります。数百年前の人間が、クラシック音楽のような素晴らしい音楽を作れたのであれば、当時の価値観が現2015年まで維持されていたら、もっと凄い作品がこの世に出てきてたのではないかと思うのです。でも大丈夫です。絶対いけます。これからが勝負です。
運の作り方
本日、僕と洋樹を除くファミリーが長野県の大鹿村へと旅立ちました。3月の4日までの滞在予定なので、約11日間ですね。こちらは動物たちと一緒に、こもってこもって仕事を黙々と進めたいと思っています。
しかし最近は宇宙の法則の理解度がかなり増してきていて、何をどうすれば良いかがほぼ完全にわかるようになってしまいました。ここで言っているのは、ビジョンの具現化のことです。まず、これがわかると面白い:「自分は全てと同じである」ということを心底から心得、自分にさえ責任を持って生きていれば、おのずと事がやってくるのです。これを本当に理解するためには、偽物の自分に気づかなくてはなりません。本当の自分ではない「自分」を見つけ、抵抗するのではなく、認めてあげること。そうすることにより、偽物の「自分」は消えてなくなり、本当の自分の持つ光の強さが増すのです。光の強さは、思考で定義すると、「運の良さ」になります。これはもう何度言っても言い切れないことなのですが、「運」は自ら作り出しているものなのです!「運がいいね」って、社交辞令なのか嫉妬なのか知りませんが、たまに言う人がいます。その人は「運」を作り上げることが出来ると知らないと同時に、「運」は「ラッキー」なことと捉えているようです。そう見えてしまうので仕方ありませんが。
感謝をする。自分を愛する。自分を許す。そして悪かったことはしっかりと謝る。これが僕が毎日行っている「運の作り方」です。
支配人
あなたはあなたです。僕は僕です。あなたは、自分が思う自分ではありません。僕は僕が思う自分ではありません。ここで言う「自分」とは、「自分」という定義です。要は頭が決めている「自分」です。頭が決めている「自分」が自分ではない理由は、自分はこの身体ではないからです。何が言いたいかというと、自分が思う「思考」は、身体の一部である「頭脳」が定義しているもので、自分が身体ではない(頭脳ではない)という時点で、頭脳がアウトプット(出力)している「思考(頭脳の産物)」は、そもそも自分ではないことがわかるのです。
では自分とは一体何なのか。考えてみたことはありますでしょうか。単刀直入に回答を申し上げますと、自分は「”自分”と思っている者の支配者」ということです。自分は「自分」、すなわち「あなたの名前(僕ならば”平山翔樹”)」の、支配人であるのです。
行動の話に移ってみましょう。もしあなたがホテルの支配人(ランドマークタワーとかの)だったら、何をするでしょうか。リーダーシップのことを考えれば簡単です。部下に命令を出します。必要な時に、必要なことをやるように指示を出すのです。何を言いたいかというと、全ての事柄がコントロール下にあるということです。このコントロールが出来ていなかったらどうでしょう。部下が上司に反論し、言うことを利かない。さらにこれがエスカレートすると、上司が部下をコントロールするようになり始めます。まぁこんな事書いていて、普通のホテルではこんなこと絶対ないだろうなと思いましたが、極端な話こういう事なのです。
これを前述の「自分」の話に当てはめると、自分が「自分」だと思っている限り、あなたは「自分」に使われる羽目になります。その半面、自分は「自分」の支配人であると気付くことが出来れば、「自分」を上手に活用することができ、あるべき形である、上司と部下の健康的な上下関係が生まれるわけです。自分に気がつけば、自分は高次と一体になり、「自分」を有効に、そして宇宙の目的に沿った形で、「自分」を活用していけるようになるのです。
One and only Emily
ソーシャルメディアとニュースを見ずに、2日が経ちました。まだまだ2日程度ですから、SNSが身体から抜けきっていない感はあるものの、少なからず頭がクリアになり始めている感はあります。ソーシャルメディアとニュースを見ていると、どうしても思考が働いてしまいますから、自分の意志とは関係ないところで、エネルギーを消費してしまっているわけです。それでソーシャルメディアとニュースを見ないとどうなるかと言いますと、時間がかなり余ることになります。日々どれだけSNSに時間を費やしてしまっていたかにもよりますが、次から次へとコンテンツが待っているので、気付いたら全く読む気もなかった記事を読んでいた、とか、日常茶飯事なわけです。無駄な時間がなくなるとどうなるとかいうと、言い方は変かもしれませんが、さらに暇になります。暇だからfacebookやらニュースを開くわけなので、暇つぶしがなくなって、暇度がさらにアップしてしまうのです。こういう時こそ、勉強したり読書したりするのが理想ですが、やっぱりまだ抜けきっていないので、そこまでやる行動力とモチベーションはありません。これからそういう風に変わっていけば良いな、と思う程度です。
いずれにせよ、ソーシャルメディアをやめて悪いことはひとつとしてなさそうなので、本当に必要になるときまで、棚にしまっておきます。
昨日は昼から、West(高校)で一年だけ一緒だったEmilyと3年ちょいぶりに会って来ました。一年だけというのは、Emilyは僕がシニア(高校4年生)の時のフレッシュマン(高校1年生)だったので、共に過ごしたのが1年というわけです(日本に来ている位なので日本人)。同じマーチングバンド繋がりだっただけだけど、なんだかんだ日本人同士だと絆が強いんですよね。特に日本語が分かるともっと違う。日本語が分かる同士、というだけで、なんだか兄弟のように思えてしまうというか。まぁ海外生活の中でしかわからない感覚なのですが、とにかく他国では同類が繋がりやすいのです。えみりなんかは、当時はそんな話したこともないのに、日本語が分かるってお互いに知った時から、何故かSisterのようなCousinのような、言葉では表せない親密感が生まれたのを覚えています。あとは、カリフォルニアという原点以外の日本で会えるという事も、更なる友情に繋がるのだと思いました。一度えみりとは2008年の夏か2007年かに、日本で会っていますが、う〜ん、やっぱりそれがあってこその、今回の会合だったと思うので・・・。日本の力だ!面白い!もう一つ面白いのが、高校とか中学からの友達とは、いつどこで何歳になって会っても、当時の年齢、要するに子供に戻れるっていうこと。今回こそは完全に南カルフォルニアの風を十分に感じさせていただきました!ありがとう!
次LAのダチに会う時は、現地だ!カリフォルニアだ!ロサンゼルスだ!
ロサンゼルスへ行きたいかー!!!
鎖国
遂行実施が決定いたしました。完全なるSNS脱です。まずfacebookでは、600人強いる友達を片っ端からフォロー解除を実施。ホームへ行っても何にも表示されません。無限スクロールが終わり、NOスクロールへと変わりました。もはやfacebookではなく、addressbookです。iPhoneからは、facebook、twitter、Instagramの各アプリを削除し、リアルタイム検索アプリも削除。喩えるなら、鎖国です。メディアと情報から意図的に退き、代わりにそれらに使っていた燃料を、自分の洗練に活用していくと。もうこのままでは完全に普通で終わる、って思ったからだと思います。普通で終わるのもそうだし、SNSだか何だか知らないけど、ネットの先にある幻想的概念に侵されてる自分がガチでアホらしく思えてきたわけです。
自分で使っているように見えて、実はコントロールされている。錯覚ですね。
SNSをやめてどのような変化が見られるかは、後日必ずレポートします。
企業理念か
アイディアの考案会に参加しています。レクチャーの最中ですが、会場から中継にて一言記録したいと思います。今夜の考案会の参加には、秘守義務の締結承認が求められたため、アイディア自体は公開することができませんが、それらのアイディアが今後どう世界に影響していくかだけは、公表することが出来ると思います。
ヒントは
「個人と自然、スピリチュアリティ」
です。
個人
宮﨑駿さんが千と千尋の神隠しのメイキング映像で言っていた言葉です。
「プロが力を失っている時代なんですよ」
この問題を解決するソリューションを提供します。
自然
農家の減少を解決するソリューションを提供します。
スピリチュアリティ
電子機器に意識を奪われ始めている人間の本質的な生命力を再生させるソリューションを提供します。
自分に勝つ!
12時を回ってからの投稿です。というか、もう12時を気にするのも何だな、と、今日12時ちょっと前に思ったのです。要は毎日こうやって何でもいいから記事を書き続けることに意味があるわけで、別に12時を切ったからって、今日は投稿無しと言っては、ブログを書いている続けている意味が無いです。ということで、今日は1時38分から執筆をスタートです。この仕事をしていると、たまに徹夜をする時があります。お客様にお約束した納期は必ず守る、ということを第一にお仕事をしていますし、折角信頼を寄せてくれたお客様から、納期がずれただけでマイナスに見られては、頑張ったかいがなくなってしまいます。明日の朝提出のサイトがあったので、今日は黙々と制作に取り組んでいました。今朝は8時半に起きたからか、さすがに12時を切った辺りは睡魔に襲われましたが、12時半頃からレッドブルが効いてきたのか、覚醒して集中することが出来ました。そしておかげ様で任務はほぼ完了。この仕事をやり終えた時の安堵感とすっきり感は、自分に負けずに頑張ってよかった!と心底から思える瞬間であります。とにかく今月は今までで一番の踏ん張りどころです!明日は朝から流山にて新規のお客様と打ち合わせで、午後からまたどしどし仕事再開です。自分に勝つって、気持ちいいね!人生は誰との戦いでもないですよ。自分に勝つことが出来れば、それなりのご褒美が天から落ちてくると思います。物ではない、心だけで感じることの出来る「勝利」の感覚が!
ピアニスト
お仕事も沢山いただいているということで、自分のWeb制作技術のスキルアップを行い、より精度の高いウェブサイトをお客様にご提供したいと思い、午後からレスポンシブウェブデザインについて書かれている本を読み始めました。しかしながら僕は小さなころから読書が大の苦手で、何を読んでも途中で眠くなってしまう。興味があるかないかは別として、とにかく文字を追っていると眠くなるのです。ということで、今回も全く同じで、本を読み始めたら数十分で睡魔に襲われ、午後からまんまとデスク上で昼寝をしてしまいました(笑)全く勉強にならん!そこで以前調べてお気に入り登録していたダートマス大学のラーニングセンターのページを開き、一流大学に通う生徒が実践している読書法について、再度復習してみることに。まず最初に読んだドキュメントが「Six Reading Myths」というもので、「読書に纏わる6つの神話」という題のドキュメントです(要は、読書に関して大衆が勘違いしていること、という意味)。内容はA42ページ強で、全然長くありません(内容はここでは省きますので、興味のある方はこちらから参照下さい)。その6つの神話の中に、自分の心にグサッと刺さる一節がありました。これです。
読書というものには、最低限の時間を費やし、学んだことの実践に最大限の時間を費やすべき
僕はこの発想を読んだ時、アウェイクニングです。全くもって正しすぎるこの一文に絶句してしまったわけです。そりゃそうですよね、フィクションでもない限り、読んだことを自分の人生に取り入れなければ、読書はただの暇つぶしになってしまいます。この一節については、母由紀子にも教えましたが、ちょうど読書をしていたらしく、これを意識して読書をしてみたら、通常の約5倍ほどの理解度を感じられたそうです。ポイントを意識するのか、ただ単に読んで「ふ〜ん、なるほどね〜」と思うのかでは、理解度は雲泥の差です。
この一節について考えていたら、ある比喩が閃いたのですが、この読書というアクティビティをピアノの演奏に喩えてみるのです。読んだことを実践しない読書をピアノ演奏に喩えますと、こんな感じです。譜面を眺めて、「ほうほうなるほど、ここにドがあって次にファのシャープが2回、ふむふむ、ここでキーチェンジでリピートか、ふむふむ」と、永遠に譜面を追っているだけの状態で、ピアノに全く触っていない状態なのです!なんということでしょうか!譜面はピアノで弾かんと意味無いでしょ!!譜面だけ集めて読んでいるピアニストなんて、ピアニストじゃないでしょうに!!!
読書も、特に勉強するような読書は、これと全く同じなんですね。内容を実践しないのであれば、ただの譜面コレクターで終わるのです。かなり残念というか、うん、残念ですね。今まで何をやっていたんでしょうか。今日から、ピアニスト式読書を開始します!ッシャ!