高学歴社員が組織を滅ぼす

1.とにかく「リスク回避」を優先する
2.つねに「自己保身」を考える
3.「世間のヒエラルキー」ばかりを重視する
4.「格上」の人間にはおもねり、身内に甘い
5.「格下」の人間には極めて冷淡
本日Amazonでウィンドウショッピングをしていたら、とある本を発見。「高学歴社員が組織を滅ぼす」という本です。学歴もクソもなく、さらには自営業の僕には無縁の「学歴社会」ですが、タイトルが気になったので本をチェケラしてみました。本の説明文に、上記5つの項目が箇条書きで記されておりったのですが、ちょうどタイムリーで上記に当てはまる人が僕の身の回りにいたもので、思わず苦笑。通常の取引では協力的でフレンドリーな対応だったので、本質的には問題ない方であることは間違いないと思いますが、とある案件が始まった途端に上記5つの要素が炸裂。その人の中の化け物が召喚されたように、全くの別人と化してしまったのです。最初は僕も戸惑ってしまい、少々ダメージを食らいましたが、いつまで経っても「格下の人間には極めて冷淡」が収まらず、これは完全に僕平山翔樹がどうこうという問題ではないことに気付いた途端、正直かなり残念になってしまいました。残念というか、ああいう風になってしまうのは無理もないなという感じです。「仕事で達成すべき何か」の方が大事で大事で仕方がなく、それを達成するためには人をけなしてまでも強引に達成させたいという、完全なる無意識に陥っているパターンです。僕もよく理解出来ておりませんが、人生で初めて赤の他人に本気で「バカ」と言われました。実際に僕がバカかどうかは別として、これが学歴社会の現状なのだと思います。上がいて下がいる。上は強くて下は弱い。そしていずれも劣等感同士の叩き合い。勝者はいないのです。高校の同級生でハーバードに受かった友達がいます。彼は恐ろしいほど頭が良かったですが、世界一の大学に受かったとは思えないほど劣等感が大きく、逆に何かに縛られていたようにさえ見えました。それは何故か。それは根本的な人間の使命と真逆のことをしているからです。情熱を追い、後付で勝利がおまけとしてくっついてきたのなら、それは全く問題無いと思います。しかし競争に勝てば報われるという動機で事を起こすのであれば話は別です。人を人とも思わない、完全なる自己中心的人格が創造されるだけの極めて残念な結果しか残らないのです。時代は逆です。資本主義、学歴社会に対応できない魂が何故増えてきているのか。それは現実を見れば明らかです。お金、学歴、人種(ゲイ・レズや障害者を含む)にて人を判断するというスタイルは、全くもってお古な意識です。最近で言うなれば、昭和、高度成長期という腐った時代が残した、過去の産物です。
僕は新しい時代を築きたいのです。ここ数百年で変わってしまった、人間本来の自由と幸せを、再定義(元に戻す)したいのです。

究極の人生の目的

以前紹介した「嫌われる勇気」という本、今またちょっとだけ拝読しました。第三夜だったのですが、この本の中心的なメッセージが綴ってある章でした。真の自由とは「他人から嫌われること」である。サクッと読んだだけですが、もちろん同意できる内容でした。それを読んで思ったのですが、僕は最近になって少しづつ不自由になってきていたなって。一昨日書いた一部上場企業のサイト制作の件とか、特にそう。自分どうこうより、相手の視線を伺ってしまってるんです。相手がうるさくて、自分は完全に違うと心から思っていても、自分を曲げてまで合わせようとしていた。これは正直あまり心地良いものではありませんでした。嫌われるのが怖いから、自分を殺してしまうんです。期待に応えなくてはと思うから、自分を殺してしまうんです。これを知れて凄く気持ちが軽くなりました。これこそ究極の人生の目的です。自分自身で在る。これだけです。

新しい流れを呼びこむ

今日は久々の土曜日で、笑 久々の土曜日も何もないかw まぁ週末ということで、少しだけですがリラックス出来た一日でした。昼間はモリ君に誘われ白井の茜にランチに行き、夜は叔母さんに誘われ、親戚の家でディナー。天が僕に調理をさせなくても良いように動いてくれました。感謝いたします。いずれもごちそうさまでした。美味しかったです。いやしかしここまで仕事があると週末のありがたさがわかってきますね。フリーランス時代から、ずっと週末も関係なく仕事はしてきたものの、週末にクライアントがインアクティブになることがここまでの安堵感をもたらしてくれることはありませんでした。今ほど忙しくなかったのでしょう。
しかし宇宙の大きな流れを感じている今日このごろでございます。まず宇宙の奏でる運命のハーモニーの共鳴度の具合が半端ではない。最近は新しいご縁を沢山いただいておりますが、どれもが全て運命的としか言いようのないご縁ばっかりなのです。面白いですよ〜、本当に。以前どこかで、新しい流れを呼びこむには、古い物を捨て、新しい物を取り入れることが必要みたいなことを読んだことがあったのですが、最近になって、実は過去の音楽を全て削除し、新しい音楽ばっかりを聞いていたのです。これってもしかして本当の宇宙の法則なのかもしれませんね。もちろん聴く音楽だけに限らず、着る洋服だったり、身の回り品全てに適用できるアイディアだと思います。新しい流れを呼びこむには、新しい物が入るスペースが無くてはならない。だから別に失うことは悪いことではないし、何かが終わることも悪いことではない。新しい流れを受け入れるための器を作る、必然的な動きなのです。新しい音楽は聴き始めたけど、今度は断捨離が必要かなと感じております。引き出しの中とか、着たくもないのに着てるシャツとかね。これは変化をもたらすためには必須の事なので、近々必ず断捨離を実行いたします。動くよ!動きまくるぜ2015下半期!!

大きな仕事は、ルールの難易度が高いだけ

仕事も一段落したということで、22時半ですが思いっきり書き倒してやろうと思います。まずですね、昨日は大崎のゲートシティにて打ち合わせがありまして、大崎まで行って参りました。長年生きていますが、初めて大崎で下車しましたよ。ゲートシティも新しいようで、かなりモダンで洗練されたイメージがあり、なかなかいい感じの雰囲気でした。
打ち合わせ内容は、某一部上場企業のウェブサイトリニューアルについて。僕みたいなフリーランスに毛が生えたような会社が相手に出来るような会社では全くありませんし、ご縁を頂けたことさえも幸運中の幸運のような会社様なのです。一部上場について知らない方は、調べてみてください。恐ろしさがわかると思います。どのようにしてご縁を頂けたかというと、僕の会社の取引先の会社のMr.Tが凄腕のビジネスマンで、彼の会社のクライアントとして、その某一部上場企業がいたのです。そしてMr.Tが僕の技術を信頼してくれた故に、その会社のWeb案件を紹介してくれたと。正に究極のご縁です。大きな実績と成り得る今回のお仕事の話ですが、もちろんこのレベルの会社と仕事をするとなると、か・な・りのチャレンジ、試練が待ち受けています。まず第一に、Mr.Tが紹介してくれた以上、僕はMr.Tの顔を背負ってしまっているということですから、失敗はまず許されません。正直、直接取引していた最中はフレンドリーだったMr.Tも、上場企業相手の案件の話になった途端に、モードががらっと変わり、鬼モードです。めちゃくちゃ細かいところを上司のように指摘してきます。正直僕はそう言う事が苦手だったので起業の道を選びましたが、今回色々とMr.Tとやり取りをしていて、やはり成長には苦い薬が必要なのかなぁと思わざるを得ませんでした。よくよく考えると、厳しくあることは、別に嫌がらせでもなんでもありません。部下もしくは弟子の成長を願った愛のムチなんじゃないかなと。だってそうじゃなかったら相手にしてくれないでしょう。Mr.Tは本当に厳しい畑で育ってきたでしょうから、厳しさの経験からすれば、僕の何百倍もキツイ思いをしてきているに違いありません。だから僕だって、いつまでも子供みたいにふてくされていられないのです。否定されているようで嫌なんだけれども、言われていることが本当に正しいか間違っているかは自分の心に聞けばわかるわけで、実際に指摘される際は、いつでも理にかなっていることだけしか言われていないのだとわかるのです(正しい間違っているというのは、そのゲームのルール上という話)。だから仕事というのは、ルールに合わせられるか否かの、単純な話なんですよ。良い仕事と高い仕事は、ルールの難易度も高くて、ルールの数も多い。それに適用できるか出来ないかが、ビジネス力に差を生むのだと僕は昨日今日で思ったのです。
でも正直、まだ恐いですけどね。恐いですよ。マジで恐い。打ち合わせの時だって、取締役出てきましたからね・・・。スターウォーズのシスの幹部みたいな人が二人も・・・。でも逃げるなんてあり得ない。成長の大チャンス。当たって砕けろと言わんばかりに、ダメ出しを食らいまくる前提で思い切って向かって行きたいと思います。クライアントというよりは、チャンスをくれているMr.Tが恐いんですけどね。でも考えてみればへのかっぱだと思いませんか?馬の骨にこんなバカでかいチャンスを与えてくれているんですから。感謝以外ないです。でも昨日Mr.Tに「感謝します」って言ったら、「感謝とかどうでもいい」って言われましたからね!ガチな話です!!ブラック!マネー!ステータス!FUCK IT ALL!!!

宇宙のプログラム

私たちが定義する自分は、本当にこの身体だけなのでしょうか。自分が「自分」と言う時、自分はこの身体を指しているのではなく、自分の意識、もしくは自分のハートを「自分」と定義しているはずです。ということは自分は形なき意識であり、イコール全宇宙の存在と同じ意識と繋がっているということになります。たまに誰かの夢を見ることはありませんか?海を越えた友達だったり、遠く離れた旧友だったりと、夢の中で会う夢です。誰かと会う夢を見ると、翌朝記憶に残っていれば、あっ、そう言えば誰々の夢見たなと振り返り、その人のことを思い浮かべるわけです。facebookやらLINEやらで誰とでも瞬時にコミュニケーションを取れる時代ですから、その人に久々に連絡してみたくなったりするわけです。実際に連絡を取ってみると面白いことに、その人も同じく翔樹のことをちょうど思い出していたんだよ!とか、こっちも翔樹の夢を見た!とか言ってくるんです。問題は、これらは単なる偶然に過ぎないのでしょうか?たまたまお互いを思い出していたからなのでしょうか?僕はそうとは思いません。喩え僕という意識の宿る身体が千葉にいても、意識そのものは無限に繋がる媒体であり、時空を超えて誰かに会いに行くことが出来るのだと思うのです。不思議だけど、本当の話。こうして綴ってみているけど、誰もが経験したことのある事だと思います。これは人間だけでなく、森羅万象が無意識に駆使している、宇宙の創造を支えてきた宇宙のプログラムです。

目の前の試練を乗り越えることだけ

人生楽ありゃ苦もあるさですよ。しかし何が何でも生き続けなければなりません。僕はこの道を選んだ以上、もう後戻りは出来ないです。目の前の試練を乗り越え続けることだけ。でも人生には波があって、上もあれば下もあるんだけど、何故か下に来ると心地良くないんですよね。下に来ても淡々と物事をこなせるようになった人が、本当の意味でのプロなんだと思います。しかしこの人生の波は自分ではどうしようも出来ません。宇宙の流れですから、嵐のように過ぎ去るのを待つしかない。まぁこう書いてみると、なんだかんだこの流れを僕はちゃんと理解しているんだなぁと思うわけですが、まだまだエゴが抜けきっていないらしく、下に来ると色々なストーリーに飲み込まれてしまいます。わかってるくらいまだマシか。どうせというか、いつになってもこの波は収まらないんですから、この上下のアップダウンにちゃんと適応出来るように、もっと精神を鍛錬していくべきだと感じます。目の前の試練を乗り越えることだけだよ、本当に。それしか僕ができることはない。

流れに身を任せる

今夜はモリ君に連れられて、西白井のアンの家というライブハウス兼カフェ的な店にひょっこり遊びに行ってきました。仕事ばっかりしていると、意図や目的がないイベントを極端に避けたくなってしまうので、無理矢理というか、流れに任せて気晴らしに出掛けることは、ある意味波動の調整になって、最初はめんどくせーなーとか、行ってもどうしようもないしな〜とか思ってるんですが、行って帰ってみると、あぁ行ってよかったなと思うわけです。本当に特に何かが在るわけでもないんですよ。一応ライブハウスですから、ライブイベントとかだったらまぁわかるかなと思いますが、到着したところでライブは既に終わったって言うし、人もそんなに集まっているわけでもない。でもやっぱり大切なのは、目的どうこういうよりも、行動に移せたということなんだなぁと。
しかしドライブは気持ちよかったです!ここ数日間は曇り続きで、そこまで暑くないし、寒くもない。ちょっと湿度は高めですが、行きも帰りも窓全開でいい感じに風を浴びれました。
たまには頭で考えることをやめて、流れに身を任せると軸が調整されるのだなと、新たな気付きがありました。