セルフトーク

約2週間続いているこのようわからん咳の症状の終焉がやっと見えてきました。やはり回復へは寝るのが一番。昨日は夕方5時に就寝し、起きたのは夜中1時半のトイレで、その後も今朝9時まで爆睡。結果体感できる回復へと繋がりました。まだ完治とは言いませんが、マッチマッチベター。寝るのが一番なのです。とは言え明日からまた月曜日!曜日はあまり関係のない人生を歩んでおりますが、世の中は明日からまたバタバタしてきますから、気を引き締めるまでです。そう言えば今日は布団カバーとシーツを干しまして、これから布団カバーを羽毛布団に装着です。多分僕の中で一番めんどくさい作業ですこれ、布団カバー装着作業w もうマジでどうにかならないっすかねコレ。まぁ寝る時最高に気持ちいいんでやる価値は十分ですが・・・。はい!あーだこーだ言ってる場合ではありません。最近はジェイと初のクラシックデュエットを練習しておりまして、あのドビュッシーのLa Fille aux Cheveux de Linを日々黙々と練習中です。あ、亜麻色の髪の乙女って言う曲です。ピアノ伴奏バージョンは確かFのシャープひとつ(バイオリンは弾きやすい調があるそう)で、変調版です。出来上がったらまたVlogとしてアップするとします。というかピアノのソロも次何を練習しようか決まっていません。アラベスク1番かムーンライト・ソナタ全章か!どうにもこうにも優柔不断なのです。しかも僕は別にピアニストでも何でもないため、練習と暗譜の作業はかなりの労力を要するため、曲を本気で殺しにかからないと習得出来ない。困ったものです。はい、無駄話はこの辺にして、明日は4時半出勤の9時ヘアカットの午後イチにはフォトシューティングです!さぁ仕事も人生も、次の楽章へと進みましょう。

神に仕える事

いやはやいやはや。気が緩むとすぐにブログを書かないんだからもぉ〜。言い訳を言うとすれば、最近は早起きの連発で夜には体力が終わっているのと、あとは喉風邪をひきまして、ゲホゲホかまして大変なことになっているので、そう、ブログなんか書いてる場合じゃないのです。しかし色々と動きはあるものの、やっぱり恋が去ると寂しいですね。こんなこと言ったら四六時中一緒にいるジェイに怒られますが、事実なのでしょうがないです。というかこのブログ、そろそろプライベートな内容は控えたほうが良いのか!?なんて思えてきています。というのも、これからどんどん露出と社会貢献活動が増える一方なので、仕事とプライベートとの区別のない人生を送っている我がバスティル社を完全公開しても良いのか、とかなんか思えてきてしまっていまして。とかなんだか言ったって、誰も気にしないか!はい、ただのアホでした。だって僕が取引先の社長のプライベートを気にするかって聞かれたら、そりゃ気にしませんものね。人は人であり、介入すべき領域ではないのです。とにかく我が社は思いっきり仕事をする!それだけです。仕事というくらいですから、仕える事であります。仕えるという言葉は、神を対象として使う言葉なのはご存知かと思います。神に仕える事、それが仕事であります。何故ならば、我々人間は全員、いや、森羅万象はすべて神であるため、尽くすの対象が何であれ、すべては仕事である。そう言うことです。神という言い方は使い古されて意味が曖昧なので、生命や形あるもの、としておきましょう。

1+1 ain't no 2

1=1です。ですが1+1は2じゃないんです。1+1は無限大なのです。これはマジでね、具現化のスピードが2倍速なんてものではないのです。体感5倍速でしょうか。僕の仕事柄、どうも拡大したくても拡大できずにいた訳なのですが、ジェイボーイの参画がかなりカタリストになっていて、既にこのブログにて綴っているかとは思いますが、どうもぶっちぎり過ぎていて書かずにはいられないのです。簡単な近況報告にはなってしまうのですが、ファイナリーファイナリー、バスティル株式会社のサイトリニューアルが完成に近づいてきています。マジでね、Web制作会社なのにWebサイトが出来てないとかアウトですよね(笑)それよりもそれよりも、サイトがない時点で、言ってみればバスティルはスタート地点にさえも立っていなかった計算になります。ふふふ。てっきり物語の序盤が終わってそろそろ中盤かな、なんて思っていたのは大間違い。序章以前に、プロローグ、いや表紙さえもめくっていなかったようです。ちなみに本日も朝5時出勤でした。最高ですね、究極の朝活。とりまオクトーバーフェス@VASTILLで決めていきましょう。皆様良い週を。

ロングストーリーショート

一日おきにブログ投稿言語を日本語英語と切り替えていましたのは理由があって、LA経由で友達になった日本在住のアメリカ人の女の子と仲良くしてまして、その子もブログを書いてたりなんだかしてて、翔樹のブログも読んでみたいからということで自分の英語の練習も兼ねて英語でブログを書くことにしていたのです。まぁそれはいいんですが、はぁ、ここ最近は英語でのブログアップは無しです。何故ならば、悲しくも向こうから縁を切られてしまったのです!経緯に関しては多くは語らないこととしますが、まぁ彼女には多分もう二度と会わないでしょうし、彼女は日本語もわからなければ読めないでしょうし、自分のケジメづけという形で本日僕のブログの1ページに、僕のちょっとしたヒストリーを綴ってみたいと思います。
ロングストーリーショート(Long story short)、長い話を要約しますと、という意味で使う言い回しです。はい、Long story short、翔樹くん念願のガールフレンドが出来たんです!と思ったら、相手がガチキリスト教徒だったもので、付き合い始めた途端に急にシリアスで重くて面倒くさい話しか出来なくなってしまい(神・信念・結婚などのトピック)、「いや、ごめん、別に君がキリスト教徒だろうと僕は気にしないんだけど、付き合い始めたからって僕をキリスト教徒にしようとするのだけは勘弁して」と言って勧誘を断っていたら、なんと付き合い始めた翌週に向こうから、「私は神に仕えられない人はやっぱりダメ!」と言って、驚くべきことにオサラバされてしまったのです・・・。いや、マジで「え〜〜〜」でした。普通振られる時って、相手の気に召さないことをしてしまったりとか、相手を傷つけてしまったりとかで、「お前最低!」って言われるのが妥当かと思うんです。あとは性格の不一致とか。でも今回に限っては、一番熱いところで向こうから勝手に「ムリ!」と言って切られてしまい、あまり動揺しない僕もさすがにショック。しかもさらに驚いたことに、「私も翔樹の事が好きだし、こんな風には終わりたくないんだけど、神の求める道じゃないから無理なの」という、自分の決断を自分の責任としないところがもう僕にとってはもうWHYのWHYで、僕の今世で一番理解に苦しんだ出来事に認定されてしまいました。
ということでした。マジで嵐でした。勝手に来て勝手に過ぎ去りました。ちゃんちゃん。

朝の力

今日はなんと、5時に起床いたしました!この僕が5時起きです。雪が降ります。発端はジェイがとにかくプロダクティビティをアップさせるべく、朝の時間を有効活用しようという流れで、じゃあ5時出勤をしてみようということになったのです。そして今朝、ヤツは本当に朝5時に会社に現れたのです!笑 マジで!?ってマジですよ。僕はもちろん叩き起こされ、5時半にはデスクに着席です。結論から申し上げますと、早起きして本当に良かったです。まず頭の冴え、切れが違います。普段なら何時間もかかる仕事が1時間で終わったりと、正にプロダクティビティアップの実感でございます。そして今この記事を書いているのは21時過ぎなのでございますが、普段ならここまで長く起きていれば、もう深夜2時過ぎくらいのノリです。起きている時間は変わらないのに、起きる時間で時間が変わる。時空間は非常に不思議であります。いやしかし眠い!寝ます!あと余談ですが、ジェイちゃんがストレートフォーワードじゃないのでちょっとニグローな今日このごろです。ぷぷ

ファッションは内面の投影

本日は仕事の後、ららぽーと柏の葉へと行って参りました。我孫子近辺のモールだと、千葉ニューのイオン、アリオ柏、あと記憶にあるのはちょっと遠目のららぽーと船橋へと、千葉のモールへは色々と行ったことがありますが、ららぽーと柏の葉の建物構造は少し変わっていてユニークで好きです。店の並びが円状になっているといいますか、意外と店舗も周りやすく、広いながらも疲れにくい感じです。今年の春くらいからファッションにこだわり始めたこともあり、徐々にファッションに気を付け始めた僕でありますが、ファッションは内面を表すと言わんばかりに、僕の内面の変化が著しいのかどうかは別として、やっと自分に似合うもの似合わないものの判断がわかるようになってきました。あと、今日出かけて思ったのは、もちろん似合う似合わないは大切なのですが、自分が来ていて心地良い、または自分が来ているものが大好き!という感覚も、似合う似合わないと同等レベルで大切である、ということです。たかが外見、されど外見で、身だしなみに気を付けることは良いのですが、やはりどうしても一番は自分の感覚、内面の状態になります。
まぁ本日は以前買った新しい茶色のパンツに、白シャツで行こうかななんて思っていたのですが、ジェイと洋樹にコーデされてしまいまして、結局自分の着たいものではない白黒コーデでお出かけすることになりました。別に周りがどう思うかは第二なんですね。繰り返しますが、似合う似合わないはもちろん大切です。しかーし!自分が着てて心地よい、または自分が着てて自分が一番いい形で表現出来ると思う内容でコーデをすることが、やはり第一なのです。今日そう思いました。結局は自分の意識状態。自分の内面とマッチするファッションが出来れば、どう人から判断されようと、コーデは成功です。何故ならば、自分の内面とマッチできれば、本当の自分で振る舞い、人と接し、コミュニケーションを取ることが出来るからです。ファッションは内面の投影。似合う似合わないは人の判断。自分が着てて自分が大好きになれるコーデをすれば、あなたはいつどこで何を身に纏おうと、世界一お洒落な人となるのです。

不倫の定義

先進国の連中は不倫ニュース大好きペインボディですから、どのニュースサイトを見ていてもそんな類いの記事が大量に転がっています。ただ、ちょっと面白いなと思ったことがあったので綴るとします。
とある記事を見つけ読んでみたところ、とある女性の体験談的お話で、子持ちの既婚者と12年間も付き合ったのどうのこうのというお話でした。不倫という関係だったのにも関わらず、12年間も付き合い、幸せで愛し合える関係が続いたそうです。さて内容は置いておいて、僕が気づいたことは、表面上の付き合う付き合わない、表面上の結婚、いわゆる頭で考える「関係」は非常に不健康である、ということです。頭で合意する関係性は、必ずしも心で通じ合える関係性ではないのです。さらに申し上げますと、頭で関係性を定義している限り、苦しみが伴うということもひとつあります。何が言いたいのかと言うと、頭で合意するイコール存在もしない幻想的な関係性が思考レベルで創造され、その時点で相手は相手ではなく、相手は「自分の思考で描く相手」となり、真のコミュニケーションが全く取れなくなってしまうのです。そう、彼が私のカレシ。そう、僕のカノジョ。カレシは私のものでカレシは私をハッピーにさせてくれるの。カノジョはおれので、誰にも触れられたくないんだ。地獄へ続く道を共に歩むのがこのご時世で定義されている「恋愛」であります。
ただ、僕の読んだその記事では、その当事者である女性は非常に幸せであったと見受けられました。頭で考えた時、常識や偏見を基に考えると、私は家庭が持てなくて残念だった、しっかりと正々堂々と結婚して彼と歩みたかった、などと述べておられましたが、逆に言ってしまえば、その常識という思考の枠から超越したところで人と付き合えたからこそ、彼女は幸せを感じられたのだと思うのです。12年は大分長いです。しかし12年も付き合えたなんて、しかもずっとラブラブで居られたなんて、魂と魂で付き合えたとしか考えられません。第3者の意見であり、常識的な観点からすると申し訳ないですが、その女性は不倫で良かったでしょう。不倫という言葉も言葉です。人間の哀れな自我を表すのに相応しいゲスな単語です。不倫は不倫ではありません。不倫は、自由に恋愛を出来ない人々が嫉妬している状態を指すのです。つまり不倫は一生出来ません。不倫は、自分以外の他人が常識的な観点から勝手に人をジャッジ(判断)することです。
結局僕ら人類は宇宙レベルからしてみれば存在していないのも同じ。地球レベルからしてみても、ミジンコやプランクトン、またはそれ以下の存在です。誰と恋愛しようと別にいいじゃないですかねぇ〜、ジャン君。

マルチカルチャルカンパニー

人は勉強と訓練を重ねればマルチリンガルになれるものの、マルチカルチャルにはなれません。マルチカルチャルとは、その名の通り、2つ以上の文化に精通していることを意味します。英語が話せるだけでなくて、アメリカの文化やポップカルチャー、スラング、そしてもちろん日本の文化も理解している。これこそ真のバイリンガルであり、バイカルチャルです。そしてそして、我がバスティル株式会社はジェイの参画によって、真のマルチカルチャルカンパニーへと成長と遂げました。もともと僕自身はマルチカルチャルでしたが、マルチカルチャルなジェイが入ったことにより、英語と日本語、アメリカと日本の文化が四六時中行き交う社内とへと変貌し、日本発でありながらも、超インターナショナルな会社になっていっています。インターナショナルとは色々な意味が含まれますが、仕事へ対する姿勢ももちろんこのインターナショナル感に含まれています。時間と場所に拘束されるのではなく、自由な環境、さらには自由なマインドの上で仕事に臨む姿勢であります。人生一度きり。大暴れしましょう。

タイタニックは止まれない

最近はほぼ毎日ジェイと生きています。バスティル株式会社初の新メンバーです。独立して以来ずっとひとりでやってきましたから、雇うという言葉が適しているかは別として、今後はしっかりと会社らしくしなければならないなぁと、少なからずプレッシャーを感じている今日このごろです。とはいえ僕の会社は世界中のどこを探してもないような社風であるため、ただ単に仕事が出来れば良い、ということではなく、フィーリングと意識状態が採用のメインポイントとなります。よくもまぁこの会社に入れる器の人間と出会ったものです。あっぱれです。
とか一応近況的なことを書いてみましたが、久々のブログ投稿となると、特に書くことも出てきません。ここ数週間で色々な出来事がありましたが、このブログに書くようなことでもなければ、文字に起こせるような簡潔なことでもありません。新しい学び、新しいという言い方はまた変ですが、改めて生きる指標を見せられた数週間でもありました。何て言うのですかね、人類のアホさ加減を知ったと言いますか、残念と思ったことも多々ありました。多くは語りませんが。ただひとつ言えるのは、僕らはタイタニック号の舵を取っているわけで、僕らの船に乗らない、または乗りたくない、または乗ってみたけれども降りたい、というのであれば、彼らを手放すことしか出来ないのです。つまり小回りが一切効かないので、ひとりのために引き返すことも出来なければ、目的地と到着時刻が決まっているため進み続けるしかないし、義理や同情が入る余地もないのです。彼らとは一生再会することはない、という運命だった、という結論にしか辿り着けないのです。
また今日からブログ投稿カンバリまーす。