Let it go and let it be

自分に不幸が訪れたり、自分がインフレにかかってダウンしたりする時は、別に自分の人生なのでなんとも思わないのですが、逆に他人(とは言っても身内)の誰かに不幸が訪れていたり、他人の調子が優れていないの見ると、自分に同じ境遇に曝された時よりも抵抗を感じてしまいます。何故なのでしょう。いわゆる「どうにかしてあげたい」とか「かわいそう」と思ってしまうのです。何でなんでしょうね!例えば僕の親父が他界したことを挙げれば、当事者である僕は自分の人生の1ページとして受け入れているのにも関わらず、他人から「すごくかわいそう」みたいな形容を受けたことがあるのです。そう思ってくれるのはありがたいのだけど、そこまで深刻にならなくてもいいのに!と思うわけです。あのベストセラー本のアドラーの嫌われる勇気を思い出しましたが、他人の問題への介入が、やはりこれらの反応の原因でしょう。介入したところでどうにもなりませんから、その人とその人が真っ只中の境遇を含め、すべてを認めてあげることが今その人に出来る最善のことなのだと思います。しかしこれがまた難しいのです・・・。ヒロキくんはヒロキくんでよぉわからん感じの境遇に面していて、兄としてどうにかしてあげたい、弟が変な思いをしているなんて嫌だ、と思うのですが、彼の問題は彼しか解決できません。さらにちょっと熱っぽいらしいのですが、これも含め、放っておくしかないのです。それで猫のレッサーくんは右目の上がなんか虫刺され?っぽい感じで腫れて帰ってくるし、かわいそうだなぁと思うのですが、かわいそうと思ったところでどうにもなりません。これも放っておく、つまりLet it goしないといけないんですね。すべてLet it goです。Let it beとも言えますね。

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