人の期待を生きてはならない

誰かのことを気にしてしまい、何かをしなかったり、何かしかしなかったりすることが、皆さまありませんでしたでしょうか。人間は環境の生き物ですから、人格は生まれ育った環境によってほぼ100%生成されます。その環境が、誰かの期待に応えなければ痛い目に会う環境だったのであれば、大人になった時、実際の世界がそうでないのにも関わらず、自ら「誰かの期待に応えなければ痛い目に会う」という信念を抱き生きてしまうのです。しかしそれが自分一人だけの話だったら良いのですが、決してこれは一人だけの話ではありません。なぜならば、前述の信念で生きている以上、自分を殺して生きているようなもの。他人の期待を生きるということは、他人の価値観を生きるということ。そう、他人の信念を背負い、他人の人生の責任を負い生きることになるからです。
これは非常に怖い真実であります。
まず、自分100%の表現が出来なくなります。自分の表現の中には、色々なことが含まれていて、例えば趣味だったり好きなことをすることだったり。あとは、自分の素直な意見を伝えることなんかもあります。そして今度は逆に、自分を100%表現している人に嫉妬し、嫌うようになってしまいます。自分も本来同じもの持っているのにも関わらず、です。
もっと分析すれば書き続けられますが、なぜ今日はこのようなことを書いたかというと、自分もその一人だったからです。今日、自分が押し殺してきた何かに、やっと確信を持って気付くことが出来ました。

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