どんなときも

今日は久々に仕事をしませんでした。メール返信などは怠りませんでしたが、実務はゼロです。不動産屋サイトのシステム構築がやっと終わって、一段落です。しかし外圧の力は大きいです。終わらせないとクレディビリティに影響を及ぼすので、何が何でもデッドラインは守らなくてはなりません。外圧があれば、普段出来ないことも出来る。ということは、一応その出力を出せる能力はいつでもある。なのに外圧の無い自分のプロジェクトだと、いつまで経っても引き伸ばしてしまう・・・。これを書いていて思い出したのは、槇原敬之くんの「どんなときも」の二番の歌詞です。彼は詞先と呼ばれる作曲方法を用いて曲を作るそうですが(詞を曲の前に作る)、彼は「どんなときも」の二番で、こう語っています。「そしていつか、誰かを愛し、その人を守れる強さを、自分の力に変えていきたい」と。ということは、その「強さ」は、一応何かがトリガーとなって(外圧にて)引き出された物であるのだけど、もう自分の中には既にあったもの、ということになるのです。そして彼は、二番の冒頭でこう語っていました。「もしも他の誰かを、知らずに傷つけても、絶対ゆずれない、夢が僕にはあるよ」。推測ですが、後に出てくる「力」は、この冒頭に掛かっているのかもしれないということです。彼を以前うたばんで(世界に一つだけの花の時)観たことがありますが、彼のオーラからにじみ出る自信(CONFIDENCE)は、半端ではありませんでした。恐れが全くない状態を見た僕は当時、少なからず、逆に恐れを抱いた覚えがあります。ここまで恐れを超越した表現者がいた事に驚いたのです。はい、何が言いたいかというと、もっと僕も努力します、ということです。

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