常識とは一体

シルバーウィークは大鹿村にて過ごしました。家族友達含め、総勢15人くらい集まりましたが、楽しさもあり喧嘩もありの、人間らしい喜怒哀楽な長野遠征でした。それはともかく、色々と詰まりを感じている今日このごろです。気のせいかもしれませんが、必要であるものと不必要なものがハッキリとしてきているようです。特に人間関係になりますが、何故か僕は日本人にはあまり好まれる人間ではなさそうです。そもそも僕は、日本人の腐った常識並びに偏見に順応出来る人間ではないということを、帰国まもなく自覚したため、フリーという道を歩みました。それはそれで良いです。しかし残念ながら、平凡な常識バリバリの日本人にとって、僕は異常極まりない人間と映るらしく、同調出来ないメンツは自ら離れていってしまいます。これは非常に残念です。逆に言えば、僕のことを異常と思う人間のことを、癖のある人間だなと思ったことはあるにしても、そこまで不満に感じたことはありません。ここが不思議なところです。さすがに害を与える人間は避けますが・・・。ハートでの関係性ではなくて、人それぞれの定義する常識であったり、偏見、こうあるべき、とか、そういう上っ面のみで、人は人をジャッジするんだなぁと。同調出来ないのはごく普通な話だった、という結論です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。