NO ROBOT

最近は新しい案件がある度、今日のように対面での打ち合わせをするようにしています。もちろん首都圏の方に限るのですが、やはり先日も綴った通り、喩え数十分しかかからない内容の打ち合わせであっても、会ったほうが確実に良いコミュニケーションが生まれます。もう雲泥の差レベルです。あと、スカイプにて打ち合わせをする方も、メール応対だけよりは全然良いですね。やはり人間はどう考えても魂の生き物なのです。半沢直樹のお父さんが、直樹に繰り返しこう伝えるシーンがありました。「ロボットだけにはなったらあかん」と。ビジネスはコミュニケーションであり、貢献であります。人が人に貢献すること、それがビジネスです。無論、お金は信用という相対的な価値でしかありません。だからこそ、ロボットだけにはなったらアカンのです。どんなにロボットのようなお仕事をしなくてはならない仕事でも、この事を意識するだけで全然違う結果が生まれます。これもまた雲泥の差の違いです。まず、ロボットとして働いてしまうと、殺さなくても良いはずの「自分」を殺してしまう、という無意識に至ります。そうなるとどうなるかというと、自分は何でこの仕事をしているのだろう?という疑問が浮上し始めます。そしてこの疑問が浮上するとどうなるかというと、この疑問が浮上してしまった状態はもう手遅れで、鬱になり始めます。つまり、「生き詰まる」のです。この状態は、来て去る嵐と同じように、負の感覚が去るのを待つしかありません。そのような状態の時は、状況を変えても感覚は変わらず、もがけばさらに苦しくなるだけです。ここで適用すべき名言をご紹介します。確かスターリンかな、いや、チャーチルです。ウィンストン・チャーチルの名言。「If you are going through hell, keep on going!(地獄の真っ只中にいるのなら、そのまま突き進め!)」というもの。正にその通り。思いっ切り「ふざけんな!」を味わい尽くせば良いのです。ぶっちゃけた話、人生の7割以上は、失敗などの人間が定義する「あまり良くない出来事」で成り立っています。んなマイナスになったって良いんです。ネガティブになって良いのです。それが人間として生きている証です。美しいではありませんか!数日前に続く、世界は残酷、です。
書いていたら深イイ話に進んでしまいましたが、何を言いたかったかというと、やっぱり心で通じ合うことが、人間として生きる醍醐味なのではないかな、ということ。テクノロジーが発展したおかげで、利便性は急激に向上しましたが、今回挙げたハートでのコミュニケーション能力は、資本主義さることながら、年々退化し続けています。人とのお付き合い、話し合い、ハングアウトをする時は、極力人と会いましょう。愛ましょう!

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