プレッシャー

昨夜はエンプティランプ点灯で何も書けなかったので、今日は倍書くとしましょう。
そうですね〜、なんでしょう、何日か前にこのブログにはもう何も書くことがないとか書いたと思いますが、なんだかんだ書き続けられそうです。多分ですが、自分の中の何かに変化が起こっていた最中だったのだと思います。最近は仕事に関することで毎日奮闘していますが、どうにもこうにも先が真っ暗にしか見えなかったんです。先の見えないことをやり続けるのは、普通の人間にとって苦痛以外の何物でもありません。何を何のためにやっているのかわからないから。自分のためでもなければ他人のためとも感じられない。さらに仕事上のプレッシャー、所謂外圧とボリュームに押されると、空腹時に頭が冴えてくるように、プレッシャーに耐え切れんばかりに、逆にHighになってくるのです。
さてここで疑問が残ります。よくスポーツ選手等のインタビューなどで、「プレッシャー」の話になりますが、この「プレッシャー」とは一体なんなのでしょうか。巷における「プレッシャー」の定義は、たぶん恐らく「周囲の期待に応えなければならないという義務感」です。野球に喩えればわかりやすいです。日本シリーズ第7戦、9回裏2アウト満塁の場面でもし僕がバッターボックスに立ったとしたら、僕は莫大なプレッシャーを感じることになります。ではこの9回裏の同じシチュエーションが敗戦処理的試合であったら、そこまでプレッシャーは感じないでしょう。ダーツの試合でもそうです。名手フィル・テイラー(←神)は、自分の試合映像に後付けで解説をするとき必ず「相手にプレッシャーを与え続ける」と言っていますが、周りの期待や自分自身の自分自身への期待や約束がなければ、プレッシャーなどは存在しません。
そう、プレッシャーを与えるのは自分自身の他あり得ないのです。でもプレッシャーは感じて当然です。自分の更なる向上を目指すのであれば当たり前。そして他人の歓びのためならばそれも当たり前だし、原動力にもなります。結論、プレッシャーを感じるのも感じないのも自分次第。プレッシャーを感じても感じなくても、全力を尽くすしかない。しかし目指すところはプレッシャーを一切感じること無い精神力と意識状態、ですね。プレッシャーなんて要らないです。全身全霊で事に取り組む以外術はないのですから。
ちなみにあの新庄剛志はプレッシャーを全く感じることがないそうです。どんな重圧に置かれる場合でも、緊張を全くしないようで、もっと緊張しなきゃ、と思ったくらいだとか。
色々と書いたけど、結局人生ずっとプレッシャーですよ。これからも圧力鍋に強火をかけ続けていく所存です。プレッシャーかけてかけまくって、最強になればそれで良いんです。
いつかは大爆発しますから。

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