「若い」の終焉

今年で僕は25歳を迎えました。今までは存在していた様々な面での「若い」というハンデやメリット(?)、その上に若い容姿が消えていくのを感じ始めています。仕事の取り引きにおいては、もうフリーではなく法人になりましたから、「若いから」という風な対応を受けることはもうありません(22,23のフリー時代はありました)。自分でも、「若いから」というハンデを仕事面において全く意識していませんし、そう思われたくもありませんから、この部分に関しては自分にとってはもう関係のない事柄なのだろうなと思います。第一世間の言う「若い」は、特に経験値を指すことが多いので、実際は歳というよりは別のステータスを見られているということになるのでしょう。ですのでこの「若い」に関しては、「目に見えないものを計られている」ということが実際という結論になります。
その半面、コインの反対側のように、私達人間には「目に見える身体(カラダ)」があります。時は人間が作り出したものなので、実際の所時間はないはずですが、時計の針が進むに連れ、身体は確実に劣化してゆきます。劣化と言うと言い方は悪いですが、言い方を変えれば「深みが出る」といったところでしょうか。これは自分で言うのもなんですが、25歳にして「若さ」という皮が剥けてしまったような気がするんです。全く別の人物。というかマジで四捨五入で30とはこの事かって感じ。今日家族総勢で(洋樹も)「あみプレミアムアウトレット」に繰り出し、新しいの洋服ショッピングをしていたのですが、以前に似合っていたものが似合わなくなり、以前は似合わなかったものが今はイケるみたいな、よおわからん感じになっていたのです。さらに洋服を試着している自分を鏡で見たりすると、「うわアラサー」みたいなw。洋樹なんてなんでも単刀直入に毒舌ぶっかますから、「うわお前オヤジだな」とか、カッコイイ服選んだと思ってこれどう?って聞くと「ローソンの店員じゃねw?」みたいなこと普通に言うんですw 家族皆のお陰でいい買い物は出来ましたが・・・。
まぁとにかく新しい時代に入るんだなと勝手ながら感じておりました。あとあみ(阿見)のアウトレットはぶっちゃけめちゃくちゃ良かったです。なんで今まで行ってなかったんだろうって思いました。東京価格の1/3位!オススメです。
なんだかんだ人は劣化しようと老けようと、今この瞬間のその人こそが一番美しく、一番カッコイイのだとは思います。写真は過去。写真のその人は、極端な話、存在していませんから。

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