進化は錯覚

人類は間違った方向に進んでいます。向かうべき地点がAだとして、ちょっとずれた地点Bならまだいいものの、全く逆方向の地点Zへと向かっています。一緒によく考えてみましょう。働いて金を稼いで、瞬間的な欲望を満たし、「食う」ために働き、それを一生繰り返す。これが宇宙が創りあげた地球というユートピア上でしなければならないことなのでしょうか?人間という素晴らしい媒体に命を授って、一生することが「食う」ためと「瞬間的な欲望」を満たすため?残念にも程があります。そもそも食料は本来、自然と調和し作るものです。それなのに「食う」ために働かなければならないこの現代社会を作り上げた資本・物質主義は酷いものです。先日も申し上げましたが、何故数百年前には偉大な作曲家や芸術家が存在したのかを考えてみましょう。当時は金なんてそんなに重要なものではなかったからです。ショパンやベートーヴェンが、曲を書いて一攫千金狙ったろうなんて思っていたと思いますか?あるはずがありません。邪念が全くなかったからこそ、素晴らしい作品を残すことが出来たのです。
一見人間は進化しているように見えます。しかしその「進化」は、技術の進化、つまりテクノロジーや利便性の進化だけで、人間そのものの進化ではありません。人間は逆に退化しています。ここ最近(ここ4,50年に)生まれた人々を見れば一目瞭然です。何故かと言うと、現代社会があまりにも進むべき方向を間違ってしまったために、現代社会に対応することが完全に不可能で、世の中に入り込むことが出来ない人々が大勢生み出されているからです。頭には「常識と合わせなければならない」という風に思っていても、頭以前に「心(意識)」が危険信号を出してしまうために、喩え動けたとしても、すぐリバウンドして戻ってしまうのです。
それはともかく、僕は何が言いたいかといいますと、僕は僕の会社を今までどおり存続させますが、拡大を計ることはやめます。何故かと言うと、僕はそもそも会社なんて起したくなかったからです。気付いたらなってた程度で、自分の意図はもちろんあったものの、無意識な選択であった可能性が高い。そんなわけで、会社は会社で、少し距離を起き、自分は完全に「資本主義」からの脱却を図ります。資本主義に囚われていたら、人のために生き(ここでいう人のためとは、人に貢献するという意味での「人のため」ではなく、誰かのコマとして生きるという事)、自分の腹を満たしている間に、自分は棺桶の中に入ってしまうと思うからです。
Web制作は続けます。自分が世に貢献できることは、現時点ではWeb制作しかないとわかっているので、やり続けます。しかしWeb制作で拡大を図ることは、もうやめます。もっともっと自分のやりたいこと、自分自身が決める価値を重視し、「どんなことを得たいか」ではなく、「どんなことをして人生を送りたいか」という質問を大切にし、生きていこうと思います。音楽ですよ音楽。僕は音楽だけに携わって生きる!

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