宇宙の使命

昨夜は家に戻ったのが3時過ぎで、さすがにブログを書く気力がありませんでした。てか俺は何故ブログを書いているんでしょうか?謎です。不思議です。まぁなんか記録できればいいな的な?よくよく思い返してみても、ブログを書き始めた理由さえも忘れてしまいました。今この瞬間の感覚的には、継続は力なりを少しでも感じられればいいのかな?という答えが出ましたが、人生山あり谷ありを綴って何の意味があるんでしょう。これも不思議です。意味なんてないっぽいです。では僕達人間が生きている意味は何でしょうか?恐らくこちらも無意味だと思います。宇宙の使命は、「宇宙が、宇宙は宇宙ではなく、宇宙を描き出している意識だということを、全創造物を通して”意識”する」ことです。それを達成するまで過程を、僕らは宇宙の創造物の一環として体験しているのです。制限された「頭脳」というツールには、理解の限度がありますから、我々「頭脳」に支配されて生きている人間は、自分たちが宇宙の一部だということも理解できていないようです。ただの人間とでしか自分を定義できないということは、大変勿体ないことであります。宇宙の中に億千の銀河が浮き、銀河の中の億千の惑星群があり、その中の太陽系の地球という星に、僕たちはこうして命を授かったわけです。文明の中で生きていると、前述の事実を素直に受け取める以前に、その事実が存在することさえもわかっていないのではないのでしょうか。逆算すれば僕たちは宇宙だということは、誰に聞いてもNOとは言えない事実であることは間違いありません。宇宙=宇宙空間&宇宙空間に存在するもの全て、という定義があるからです。まぁそれはいいんですが、要は言いたいのは、宇宙の使命を宇宙の一部として、我々個人が進んで実践しなければ、宇宙の使命達成への道のりが縮まないわけです。なので「自分」という媒体を、頭で考える「自分」ではなく、「心で感じられる生命」としての自分という風に、考えを変えなくてはなりません。それが出来る人類が増えれば、あと百年後には、ユートピアが地球に訪れること間違いなしです。動機は必ず「心」に聞くこと。それさえ出来れば、使命達成です。

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