平安が脅威となる

幸せは何かを通じて得るものではありません。何かを達成したら幸せになると考えている状態では、何もかもが脅迫的に感じてしまうことでしょう。些細なことにムカついてしまったりするのは、この間違った幸せという定義が存在しているからであると言えます。まず、自分がやりたいと思った事を実行するのであれば、思いっ切り実行すべきであり、他人の人生などを気にしていてはいけません。しかしそのやりたい事が出来なくなった途端に、自分が思考という渦に飲み込まれてしまうのであれば、それは自分の苦しみに「好きな事」と定義している何かを使い、ただ単にそれに蓋をしているだけの状態となってしまいます。この状態では、魂の成長を妨げてしまいますので、しっかりと内面と向き合うべきだと思います。しかしその内面と向き合うことは、エゴにとっては死を意味しますから、そう簡単にできることではありません。向き合って恐れに気付けば、エゴが大好きな「戦い」が終わりますから、エゴはこの大好きな「戦い」を終わらせないために、様々な手段をつかって生き延びようとするのです。「戦い」を戦争に例えればですが、恐れている同士でしか戦争は成り立たないのです。でも戦って勝てば報われるとか、戦いの精神を持つ事こそ勝利を得られる、と思い込んでいるエゴにとっては、どうしても「平安」は脅威でしかないのです。ユートピアと平安は静寂にあり!!

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