人事を尽くして天命を待つ?

CPU200%稼働中の平山です。(笑) 身体中の血管が覚醒するくらいのレベルで仕事をするのは本当に気持ちが良いもので、生きる歓びを感じています。とか言いながら、人間のアップンダウン性からは逃れられないもので、先日書いたとある気になる人に彼氏がいることが発覚し(笑)(笑い事じゃないですがw)、我ながらちょっと落ち込んでしまいました。まぁでも人生そんなもんでしょーとか言いたくなりますけど、そんなこととは言いません。常に自分の内面そして人生と向き合い、前進するしか出来ないのです。はぁ、でもその件に関して書きたいことは山ほどあっても、愚痴というか不満というか矛盾への文句というか、そんな感じの話になってしまうので、それは結局自分への文句になってしまうため、ブログへの記述は避けるとします。でもそろそろ彼女出来てもいいんじゃないかなって、本当に思うんです。仕事もプライベートも、そして内面的にも準備が整いましたし、誰かと一緒に人生を共有し合いたい、そんな気持ちが心の中に芽生えてきています。例えばですが、ここ最近出会ったミネキさんを喩えにすると、良き出会いは自然とやって来ました。それももちろん自分の創造の一環、かつ天の計らいですから、縁は自分から獲りにいくものではないのではないか?という風にも少なからず思います。しかしながらどんな御縁も、必ずアクション(行動)を伴うものです。黙って座っていたら何も変わらないのと同じで、仕事や夢の具現化を行うのと同じように、自ら行動を起こしつつ、天の動きを待つ、と。人事を尽くして天命を待つとは、この事です。自分や周りの友や家族を始めとする、人間メンバーを通じた物理的な行動を100%と思えるまで実行し、その後の運命は天に任せるのです。赤壁の戦いの諸葛亮のように。おれはまだまだじゃい!

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